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「あ、すみません! Aテレビの者ですが、百合川桃子さんですよね?」
病院を出た直後、桃子は数人の大人に囲まれた。彼らはカメラやマイクなどを片手に、桃子を襲撃するように迫ってくる。
「取材に応えていただきたいのですが、よろしいですか?」
よろしいですかと尋ねている割に、有無を言わせない態度だった。桃子は思わず「またですか」と呟く。嫌がられていると思ったのか、マイクを持っているスーツの女性は苦笑いした。
「すみませんね、こっちも仕事なので。それで、質問が……」
女性は手元のメモ用紙を見ながら、桃子の口元にぐいとマイクを突き出し、質問を開始した。どれもこれも、何回も訊かれたものばかりだ。それでも桃子は、一つ一つ丁寧に答えていった。手を抜くなんてしない。
「……ですね。では、次の質問ですが、橙子さんに対する誹謗中傷について、どのようにお考えですか」
桃子は息を吸い込む。何回もされる質問で、答え慣れてはいたけれど、今日はいつもより踏み込んだ答え方をしてみようと思った。それで桃子は、こう口を開いた。
「知ってます? 誰でもそうですけど、悲しみとか憎しみとかって……こう……一枚一枚心の内側に降り積もっていくんです。それで、容量を超えちゃうと、自分で自分を抑えられなくなっちゃうんです。そうすると、色々狂ってしまう」
桃子は俯き、さっき吸い込んだ息を吐きだした。息が白くなる時季ももうすぐ来るだろう。
「でも、お姉ちゃんは、そういうの我慢して……大変だったと思います。だって、メディア界にキャラをつくらされているのに、それで中傷されるんですもん。……お姉ちゃんは、きっと本当のことを吐き出したかったと思いますよ」
桃子は女性インタビュアーの目を見据えた。彼女はポカンとした顔をして固まっている。周りのカメラマンなどもそうだ。「メディアにキャラをつくらされていた」なんて、メディアの人に敵意を向けるような発言をしてしまったのだから、その反応も当然かと言える。
言い過ぎではないはずだ。世論はきっと自分の感情のほうに賛同してくれるだろう。
「……あの、質問、いつまで続きますか?」
「あ、いや……もういいです」
女性の細い声を聞くや否や、桃子は自宅に向かって真っ直ぐに歩き出した。
この取材で、どのようなことが世に出るのかは分からない。桃子の言葉を素直に放映するのか、捏造するのか、はたまた無かったことにするのか。
分からない。けれど、自分の言動は間違っていないはず。桃子は自分に自信をつけるように数回頷くと、歩くスピードを速めていった。
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