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未来への道
「雨、降ってるのか。」
電車から降りた時、細かい雨が目に染み、口の中でその言葉を転がした。
定期を押し付けるように改札を出て、エスカレーターに足を乗せる。
喉の渇きを覚えて水筒を取り出そうとして、やめた。
今年の夏は去年と同じくやはり暑い。
駅の階段を下り、暗くなった道を歩きはじめた。
雨が降ってはいたが、傘を差すほどでは無いぐらいの小雨で、開こうとした傘をそのまま閉じた。
駅の近くは大通りを外れるとすぐ電灯だけの道になる。
何度かうねった道を曲がり、大きな一本道に出た。
人通りはまばらに居たが、線路沿いのこの道は遠くの方から踏切の音が聞こえるほど静かだった。
線路側を歩いていた私は一本の電灯の下で、はたと足を止めた。
掛けていたメガネに細かい雨が否応無しについていることに気付いたのだ。
まるでステンドグラスのような視界に嫌気がさし、ポケットからゴソゴソとハンカチを引っ張り出す。
メガネを外して拭いていると後ろから電車が走ってきた。
満員電車なのかドアの縁ギリギリまで人が乗っており、窓はまるですりガラスのように曇っている。
私は凝らした目をギュッと瞑ると目頭に手を当てた。
その時。
「ーーーー。」
電車のガーーーッという音に混じり、私の名前が呼ばれたような気がした。
ハッと顔を上げて目を凝らしてみるが、一本道は遠く、暗く、向こうにいるような気がする人影が私の名前を呼んだ人物なのか、またこちら側に歩いているのかさえも解らない。
私が咄嗟に拭き終わったメガネを掛けるのと、電車が通り過ぎていくのがほぼ同時だった。
……そこには、誰も居なかった。
『…気のせいか。』
私のすぐ真上にあった電灯がもう疲れたとでもいうように点滅し始める。
それを見て、私はポツポツと続く次の電灯へと歩き始めた。
歩かなければ家へは着かないから。
この夏はまだまだ長い。
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