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笑顔とアイス
愛してるなんて言えない。
俺はすっかり食べ終わったアイスの棒を口の端で咥えてスマホを眺めていた。
『ねぇ、私の事、本当に愛してくれてる?』
既読がつかないように長押しして覗いたトークルームにはそんな言葉があって、俺は戸惑う。彼女とは付き合って一年弱。向こうから告白されて、変わらない日々に変化を、と思った俺が了承した次第だ。部活や校内で噂になる事を避けたかった事は彼女も同じだったようで、付き合っている事実を内緒にする事を快く了承してくれた。しかも彼女は俺にこう言った。
「でもさ、君が言いたくなったら言っていいから。青い鳥でも虹色カメラでもどんと来いだよ!」
そう言って笑った彼女が今、俺に愛を尋ねている。
「なんでまたそんな事を……。」
独り言をボソリと呟いた。
愛……。愛かぁ……。
俺は彼女の顔を思い浮かべた。いつでも笑っていて、気が利くのに良い所で空気を読まない。解っているはずの事をよく俺の口から言わせようとしてくるのに、言おうとした所で口を止められる。
「やっぱ、いいや。」
「……なんでだよ。」
不服そうに顔を歪める俺を見て、彼女はまた笑う。
「折角覚悟を決めて貰った所申し訳ないけど、私は君が嫌がることを言わせたい程ドSじゃないんだ。」
「別に……。」
別に、嫌がってなかったけど。
そんな言葉はいつも彼女には届かない。悪い事があった日も彼女は笑っていたし、今だって少し困ったような顔で目を細め、何事もなかったかのように笑顔の盾を振りかざして日常へと路線を修正する。そんな彼女の事を大半の友人は下に見ていたし、『私がどうにかしてやらないといけない』なんて友人達から思われていた事を俺は知っていた。
「私、馬鹿だからさ。」
「馬鹿は風邪をひかないって、言うじゃん?」
「流石すぎる!私とは段違いだわ〜」
俺と付き合って初期の頃の彼女は自虐ネタが多かった。それがより一層上記のような友人を増やしていたと言っても過言ではない。しかし、それがいつから変わったのか。俺が彼女に何か言った訳ではないし、彼女のような人間が彼氏の一人出来た位で自尊心が満たされるなんて考えるのはまるでナルシストみたいで嫌だった。
「愛って何?」
以前、現代文での授業中に先生が言った言葉をそのまま繰り返す。
その時、俺には答えが出なかった。
授業内でも答えは言ってはくれなくて。
でも……。俺は覚悟を決めた。
『ねぇ、私の事、本当に愛してくれてる?』
手が頭の中の言葉を反芻しながら文字を打つ。
ああ、そうさ。もう後戻りは出来ない。彼女のスマホには小さく既読の文字がついたはずだから。
打ち終わった短い文を誤字が無いか見直して、送信ボタンを押した。
今回は言わなきゃならない。あの時遮られたあの言葉を。
『ごめん、愛しているかどうかはわからない。でも、俺は君が好きだ。』
小さく既読の文字がつく。俺はスマホを閉じ、咥えていたアイスの棒を取り出した。俺は目を見開いた。棒いっぱいにデカデカと書かれた当たりの文字。その瞬間、スマホの通知がお祝いのように鳴る。
俺はアイスの棒を片手に微笑んだ。
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