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解らなくなった将来に
私の将来の夢は『小説家』だった。小さい頃から本が好きで、小学校では読書量も教科書の読み上げも誰よりも上手(うわて)で誉められた。
夏休みの読書の宿題では1000ページを超える分厚い本を読んでクラスメイトに「嘘だ!」と非難されたことも、作文の見本として会誌に載ったりした事も、その頃の私には自信を伸ばす為のただの肥料と化していた。
「田中さんは本当に国語が得意だね。」
友達、学校の先生、親、妹。皆が口を揃えてそう言った。
『そうか。私は国語が得意なんだ。』
疑う事を知らないまま、小学校低学年だった私はそんな洗脳を鵜呑みにした。何もしなくても点数の高い文章題、時代の波に乗って覚えた百人一首。今も国語の点数が取れる事は同じではあるけれど、私は今、将来が見えない。
小学校最後の担任は、私の卒業文集を読んでこう言った。
「あなたは将来文に触れる仕事についた方が良いと思うの。」
その前から私は夢を小説家だと言っていたし、先生がその事を知っていたのか否かは今でも判断がつかないが、私はそれを聞いて図に乗った。
『向いているんじゃないか?小説家。』
しかし、去年、今年になって私はその想いのブレを感じ始めていた。周りの将来が決まらないという言葉、色々な職業で働く人のお話。その人達は繰り返した。
「私は昔から今の仕事に就きたかった訳ではありません。」
視聴覚室での舞台に立った先人達は多分私のように職業を絞っている人にも視野を広げて欲しかったのかもしれない。しかし、私に小説家が本当に向いているのか、逆に違う夢にするなら何にするのか。深い穴を覗いた時のような不安感。
それが今日も私を覆う。
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