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また馬鹿な事を言う。我輩と師匠は野次馬達から二十尺程離され、足元に半紙と筆を置かれた。して、よく見ると偽師匠は走っている時に捨てた我輩の弓を背負っているので、狸と分かった方をこの場で射抜くという事らしい。
我輩もついにここまでかと諦めた。野次馬達ががやがやしだす中、意気揚々と村長がお題を発表した。お題は『馬』である。死を覚悟して震える手で墨をすっていると、横目で見た師匠も手が震えている。師匠は殺されないはずなのに何故であろう。
我輩、悟ってしまった。もし、我輩が偽物とみなされ殺された場合、当たり前だが本物なので変身は解かれない。すると、もう一人の方が偽物という事になり、どちらにしても師匠は死ぬ運命にあるのだ。野次馬達に急かされ、頭は真っ白のまま書を書いた。
「二人共、書き終えたな。では、書を見せてみよ」
もう生きた心地がしなかった。しかし、師匠と一緒に死ねれば本望か。目を瞑ったまま半紙を胸の前に当てると、野次馬達は一瞬の沈黙の後どよめいた。これは何故かと師匠の書を見ると、まるで版画を刷ったかのように我輩の書にそっくりである。
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