シン・古今馬鹿集

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さすが師匠、狸だけあって手の動きを模写するのは造作もないようだ。これを繰り返せば何時まで経ってもどちらが本物か分からない。したり顔で村長の顔を見ると苦い顔をしている。これは一本取ってやったと思いきや、村長は目隠しして書けと言うではないか。 終わった。何もかも。さすがに師匠ももう策が無いのか絶望の表情を浮かべている。村長がお題を発表した。お題は『鹿』である。馬鹿にしおって。一か八か逃げ回ろうとしても足かせが付けられているので無理である。やけくそで書を書き終え、目隠しを取って半紙を胸の前に当てた。 我輩の書は上手くもなければ下手でもない。恐る恐る師匠の書を見ると、何と我輩よりも遥かに下手ではないか。師匠は我輩に向かって笑っている。書の達人である師匠が下手な訳がない。我輩を助けようとしてわざと下手に書いたのだ。偽師匠が弓を引き、我輩は目を瞑った。 「馬鹿な真似はおやめなさい」 目を開けると、偽師匠の弓矢を遮るようにお母様が立っていた。 「大の大人が寄ってたかって、どちらが本物か偽物かなんてみっともない。……十年前、あんたが山から帰ってきた時から分かってたよ。でも、帰ってきてくれたのが嬉しくね。言えなかったんだよ。二人共、私の息子だよ。村長、文句があるかい?」
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