降り積もる声はもう聴こえない

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 毒にまみれた言葉に埋もれ,堕ちてゆく絵梨花の精神と身体はゆっくりと光のない闇へと呑み込まれた。  実際に墜ちてゆき,地面に触れた瞬間の冷たさが肌を刺し,一瞬,両親の笑顔が脳裏に浮かんだが衝撃が骨を砕き内臓を破裂させた。 『ほら,潰れちゃったじゃん』  地面から湧き出る子どもたちの腕が散らばる絵梨花の身体を受け止めると,大切そうに包み込んで闇へと引き摺り込んでいった。 『ね,誰も信じちゃだめだよ……』 『言ったじゃん,大人はみんな嘘つきだって……』 『ね,みんな自分勝手だから……』 『だから裏切られたんだよ……あなたも私たちも……』 『そう,中学受験なんて親の自己満足だから……』 『結局,毒親なんてさ……異常なんだよ』 『授業料免除を引き換えにさ,自分だけじゃなく娘まで……』 『さぁ……もういいでしょ。私たちと一緒に行こ……』  無数の腕が千切れた絵梨花の身体に絡みつき,微かに残る意識のなかでおのおのが自ら命を絶った理由を絵梨花に語りかけた。 『ね……わかったでしょ。みんな一緒。ひとつになろうよ……』  降り注ぐ毒のある言葉が暗闇に呑み込まれ,咲き乱れる桜の花がバラバラになった絵梨花の身体を侵食した。  グラウンドは酷く冷たく,そして深い悲しみに満ち溢れ,ピンク色の花びらが穢れた絵梨花の存在を呑み込み消し去っていった。 『大人なんて,消えればいいのに……』  母親が娘のためといって汚らしい中年たちの欲望を満たし続けた三年間,絵梨花はすべてを見て知っていた。父親は助けてくれず,歯を喰いしばり,涙を堪え,男たちの欲望を一人で受け入れていた母親を少しでも楽にしてあげたかった。  子ども心に見て知っていた。世の中の男たちが幼い絵梨花と,既に引き返せすことのできない母親を利用していたことを。毒にまみれた言葉は,闇に呑まれた絵梨花にはもう届かなかった。  試験の解答用紙に書き殴られた『お願い誰か助けて』という絵梨花の最後の言葉は,誰にも届くことなく他の生徒の解答用紙と一緒にシュレッダーで細かく裁断され降り積もる意味のない紙の山へと消えていった。
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