雪と後輩と帰り道の話

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関東地方にも、ついに雪マークがついた。 降水確率60%。ふむ、18時からは80%か。 スマホを眺める。 ここ何日かは「降る降る詐欺」もいいところだったけど、今日は特別寒かった。 いよいよ初雪が近づいているかもしれない。 ふと、天気予報を映した画面の先に、彼の靴紐がほどけているのが見えた。 白一色のシンプルなスニーカーだ。流行っているのか、うちのクラスの男子が履いているものとよく似ている。 足から目を上げると、窓の外を眺めるぼんやりした表情があった。 退屈なのか、眠いのか、細い目をさらに薄くしている。相変わらず考えが読み取りにくい顔だ。 ベルトのあたりを突っつくと、ようやく彼がこっちを向いた。 靴、ほどけてるよ。 口の動きだけでそう言って、足元を指差す。 気付いた彼は、一言、 「ああ」 とだけ言って、小さく頷いてみせた。 一見すると愛想のない反応だが、私はとっくに気にならなくなった。 満員とは呼べない程度の、やや混雑した電車内に私たちは立っていた。 一点集中する朝に比べ、帰宅ラッシュはゆるゆるとしたピークが続く。 中学から電車通学だった私は慣れっこだが、彼は最初面食らったようだ。 これからどこに帰るのか、一人ひとり聞いてみたいですね。 なんて真面目に言うもんだから、私は笑ってしまった。 そうとも、よく見ればちっとも不愛想ではない。 ほら今も、ほどけた靴紐を蹲って直そうか、でも混んでるしな、とか。 足だけ上げて結ぼうか、その場合ラケットケースが邪魔だな、とか。 困った顔できょろきょろしている。 そんな彼を見ていると、つい口元が緩んでしまうのだ。 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 告白は彼からだった。 同じ部活の1個下。 男女間に壁がなく、緩くて賑やかなメンバー内にあって、無口な彼は何となく気になる存在だった。 ノリが合うかなと心配していたが、意外に付き合いがよく、テニス自体もうまい上に偉ぶらない態度が好印象で、いつの間にか溶け込んでいた。 今や30名を超える1年生の学年代表を務めており、みんなに可愛がられるいじられキャラのような立ち位置だ。 好意を向けられている、と感じたのもその頃だった。 決定的な出来事があったわけではない。日々のちょっとした会話や行動から、ぼんやりそう思っていた。 彼が1年の代表で、私が部の会計役をやっているせいか、絡む機会が多かったのも理由の一つだろう。 不愛想な人かなと思ったのも最初だけで、受け答えはしっかりしているし、冗談を言うと笑ってくれる。 ちゃんと周りを見て、考えて、動くことのできる人だった。 いつだったか、表情が乏しいことをいじられた時に、いっそう憮然とした顔をしてみせ、周りが笑うのに合わせてはにかんだ姿が忘れられない。 それも含めて、彼の魅力なのだと思った。 (ねえ聞いた?なんかね、(まき)くんが、美菜加(みなか)のこと気になってるって) (あっ、それあたしも聞いたかも!1年の子たちが話してた) そんな噂話が流れて、周りから冷やかされることもあった。 まさかぁ、と笑ってかわしていたが、内心胸が高鳴っていたのも事実だ。 恋愛感情とか、そういうの抜きにしても。 後輩に慕われて嬉しくない先輩などいないのだ。 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 結局、牧くんは蹲って靴紐を結び直すことにしたらしい。 180近い彼を、上から見下ろす形になった。 ダウンジャケットのフードにくるまれるようにして、形のいい頭頂部がよく見える。 普段は触れないその部分に我慢できなくなり、つむじのあたりを指で押してみた。 怪訝そうな顔で見上げてくる彼に、「何でもない」と笑って手を振った。
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