エアロポリスの誕生

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エアロポリスの誕生

 昼休みが終わり、4限目のことだった。ふと自分の後頭部を、天井近くから見下ろしている自分に気がつく。2mから5mほどの高さに浮かんだ僕は、ふわふわと空中を漂いながら、椅子に座って授業を受けている僕を見ていた。  幽体離脱……。    より専門的に言えば解離性人格障害、と言うことになるのだろうか。自分を、まるで他人のように眺めている感覚。いや感覚というよりも、これは、本当に離れたところから自分で自分を見ているのである。ちょうどTVゲームで、ソファに座りコントローラーを握って、画面の中のキャラクターを操作しているような絵面である。魂だか心だか知らないが、とにかく己の肉体から抜け出した僕は、ふわふわと空中を漂っていた。 「おい」  ふと声をかけられ、僕は吃驚して跳ね上がった。 「おい。おいってば」  僕じゃないだろう……。  自分の姿が見えるはずがない、とたかをくくっていた僕は、突然肩を掴まれた。見下ろしている僕の肉体じゃない。抜け出した魂の方だ。ギョッとして隣を見ると、僕の顔のすぐ近くで佐竹くんがニヤッと笑った。同じ2–Bのクラスメイト……。佐竹利蔵が、幽体離脱した僕をまじかで凝視している。 「佐竹くん……」 「安心しろよ、ほら」  僕が戸惑っていると、佐竹くんはクイっと、肩越しに親指を後ろの方に持ってった。その指の先に、教室の片隅で椅子に座り、黙々と授業を受けている佐竹くんの姿が見えた。 「俺もユータイリダツなんだ」 「へえ……」  驚いたことに、今この瞬間自分の肉体を離れているのは、自分だけではなかったのだ。  佐竹くんも、本体から5mと離れられはしないようだったけど、おかげで教室の中をウロウロするぐらいはワケなかった。それで僕らは、授業が終わるまで散々おしゃべりをしたりキャッチボールをしたりして遊んだ。肉体にいるときは全然関わりもしなかったのに。お互い幽体離脱している間は、妙な連帯感があって、秘密を共有する仲間のように遊びまわった。 「じゃあな」 「また遊ぼうね」  授業が終わり、僕らは手を振り、お互い己の肉体に帰って行った。背中のファスナーから着ぐるみの中に入るような気分だ。肉体に戻ると、僕も佐竹くんも一言も喋らず、学校が終わるまで目すら合わさなかった。  それからしばらく、離脱するたびに僕は佐竹くんと出会った。そのうち佐竹くんだけじゃないく、高橋とか、佐藤さんとかも離脱するようになって来て、天井付近は授業をエスケープしたクラスメイトでごった返していた。授業がきちんと面白ければ、きっとこんな事態にはならなかっただろう。今回のオカルト現象の原因は、全て文部科学省にあると見て間違いなかった。  ある日、佐竹くんが試しに離脱していない生徒の背中をと、あっけなくその子の魂が幽体離脱した。それで僕らはおかしくなって、手当たり次第幽体離脱させた。生徒も、先生も……先生は幽体離脱しても、5mの空中で授業を再開しようとしたので僕らの不評を買った。  それから5mごとに、どんどん『離脱者』を増やして行き、やがて離脱した業者や技術者が、空中に建物を作り始めた。あるものは家を、あるものは田んぼを、またあるものは……やがて空中に一つの街が出来、都市が出来、国が出来た。僕らだけの街。何も食べなくても眠らなくても平気。お金の心配もいらない。幽体離脱したものだけが行き来できる、現実から5m上空に浮かぶ空中都市(エアロポリス)。  だけどその空中都市も、急速に発展するにつれ、現実と同じ煩わしさを抱えることになった。5m上の世界で、人々は早急に法を整備し、市民権を主張し、他の国の離脱者と領空権を争った。  最初に離脱したときはワクワクしていた僕だったが、やがて空の上でまで、良識者から『子供は学校に行け』とやかましく言われるようになった。そのうち空中都市に魅力を感じなくなって、僕は5m上の教室で、ついうとうとと眠りこけ、気がつくと10m上空から、『5m上空から僕を見下ろす僕』を見下ろすようになって来て……。
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