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第3話 鉄魚の恩返し
「これでもまだ信じないなら、オレたちと蒼生しか知らないこと、いっぱい言えるよ。蒼生は前の担当編集の北田さんとは馬が合ったけど、今の担当のミナミさんとは合わない。いつもパンは〇イヤルブレッド食べてるけど、本当に一番好きなのはチーズ蒸しパン。自分はゲイじゃないって言ってるけど、一人エッチする時は絶対ゲイビを見てる。お尻にディルドーは挿れてるけど、バイブは怖いからって、未経k」
「わーーーー!! 分かったから! もう疑わないから、やめてくれー!」
小鉄が矢継ぎ早に繰り出す過激な発言に、蒼生は冷や汗をかきながら必死に彼を制止した。横では、暁が心配そうに蒼生を見ている。
「蒼生、大丈夫か? ミナミさんの要望に答えられなくて、ストレスで体調崩してるだろ? ろくに食べてないじゃん最近」
「……とりあえず、君らが全裸のままだと僕が落ち着かないから、これ着てよ」
蒼生は押し入れから、学生時代バイトしていた旅館で貰った浴衣を取り出し、二人に一枚ずつ渡した。小柄な小鉄ですら、百六十五センチの蒼生よりも五センチ以上背が高い。少年とは言え身体つきもしっかりしていて、肩幅も腰回りも、蒼生の服ではサイズが小さそうだ。
「話は戻るけどさ。蒼生、最近、すごい悩んでたじゃん。だんだん顔が青白くなって、瘦せ細って、夜もしょっちゅううなされてるし……。俺たち、ずっと心配してたんだ。こんなに可愛がってもらってるのに、蒼生に何のお返しもできない。力にもなれない」
「神様にお願いしたんだ。蒼生が倒れたのを見て。どうかオレらを人間にしてくださいって。蒼生の力になりたかったから」
とりあえず局部は隠せて裸ではないものの、着慣れない人間の浴衣はあっという間に着崩れてしまって、締まらない恰好の二匹だが、表情も口調も真剣だ。蒼生も、思わず神妙に彼らの言葉に聞き入っていた。そこまで自分を心配してくれた二匹の真心に感激して、目頭が熱くなった。
「……ありがとう。僕にとっては、君たちが仲睦まじい兄弟で、僕に懐いて可愛らしい姿を見せてくれるだけで、十分なんだよ。でも、そこまで僕を思ってくれて、嬉しいよ」
涙をこらえながら、へへへ、と、どうにか微笑もうとした蒼生の顔は不器用に歪んだ。イケメンとは程遠いものの、心根の優しさが素直に現れた笑顔に、二匹の胸は再び打たれる。
「俺たち兄弟を生き別れにせずに、二匹一緒に引き取ってくれて、そして今まで可愛がってくれて、ありがとう!」
「なぁ、何かオレたちにできることはないか? 蒼生の助けになりたいんだ。今、何に一番困ってる?」
左からは暁、右からは小鉄。瓜二つの美形男子二匹に手を取られ、蒼生の目線は泳ぐ。
「そ、そうだな……。一番困ってるのは、僕が描きたい、エモい男同士の絡み絵のモデルが無いことなんだよ。ゲイビみたいにエロさだけを売りにした作り物じゃなくて、愛のあるイチャイチャが描きたいんだけどさ、そういう動画や写真って、殆どないんだ」
いくら飼い主とは言え、あまりにあんまりな悩みではないか。口にする前は躊躇したが、真剣な二匹には本心を打ち明けないほうが、却って失礼だろう。蒼生は緊張でどもりながらも、正直に打ち明けた。
「なんだ、そんなこと? そんなんで良ければ、俺たちが幾らでもポーズ取るよ」
事もなげに言い放ち、暁はおもむろに浴衣の帯を解き、今すぐにでもと前のめりなヤル気を見せている。蒼生は、慌てて補足した。
「あ、あの。君らがやってくれるなら、それはすっごくありがたいんだけど。……できれば、身体が大きいほうが『受け』、つまり挿れられる側をやって欲しいんだ。編集の要望でさ」
この言葉に、暁は「ウグッ」と固まったが、俄かに小鉄は勢いづいた。さっきまで、背中を丸めてシュンと俯いていたのに、俄然目に力を漲らせ、鼻息荒く浴衣の帯を解き始める。
「暁兄さん、大丈夫! やり方は、蒼生の漫画とか、観てたビデオで大体分かってるし、何より、オレには兄さんへの愛があるからね!」
ひと回り身体が大きく、顔立ちも精悍な暁が頬を染め、もじもじと恥ずかしそうにする一方で、細身で可愛らしい小鉄が積極的に暁の浴衣を脱がせに掛かる。その眺めだけでも、可愛い年下攻め×ツンデレ年上受けの風情で、蒼生は滾った。
(いかん、いかん……! 二人の、じゃなかった、二匹の協力を無駄にしないように、しっかり記憶に留めなきゃ!)
スケッチブックを開くと共に、卓上に小型三脚を立て、スマホの動画撮影をオンにした。二次元ではBがLな漫画を浴びるほど摂取している蒼生だが、目の前でリアルに男同士の絡みを目の当たりにするのは初めてだ。緊張と興奮で、指先にまで心臓があるのではと思うほど激しく全身が脈打っている。頬も熱い。心なしか、額にはうっすら汗までかいてきたようだ。
「緊張しないで? 暁兄さん。蒼生のためだもん、頑張ろう?」
「い、痛くしないでくれよな、小鉄……」
ぎこちない暁を、小鉄が優しく抱き寄せてキスをする。鉄魚だった時と変わらず紅くてぷっくりした唇が合わさり、小さくチュッと音を立てる。
「あぁ……。キスって気持ち良い。なぜ人間がキスから始めるのか、ちょっと分かっちゃったかも」
二匹は、胸鰭や尾鰭を優雅に動かして水中を泳ぐかのように、長い手足をゆったりと動かし、互いの身体に触れ始めた。控えめな吐息と、肌や髪の擦れるごく小さな音だけが狭い室内に響く。
(ゲイビと違って、やたらと大声を上げたり派手なリップ音をさせたりしないのが、秘めやかで綺麗だな……)
蒼生は、目と鼻の先で繰り広げられる二匹の睦み合いの美しさに、瞬きもせずに見入った。
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