第4話 一人と二匹

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第4話 一人と二匹

 蒼生(あおい)が可愛がってきた鉄魚の(ぎょう)小鉄(こてつ)が、飼い主の危機に心を痛め、どうにかして助けたいと一念発起したら、美しい人間の男の姿に変わった。そして、BL漫画家の蒼生のために、目の前で睦み合いを繰り広げている。  それは、蒼生が嫌悪してきた煽情的な作り物とは全く違った。  二匹が人間として性的な行為を営むのは初めてのはずだ。しかし、そんなことを感じさせないほど、自然に互いを愛しむ。それがとても、尊く美しいものに蒼生には見えた。途中からは、スケッチすることも忘れて、ぼうっと夢中になって彼らの交わす愛を見詰めていた。  二匹は後背位で繋がった。暁は淡いオレンジ色の蕾に小鉄の雄の象徴を受け入れながら、自身の中心を掴まれ、切なげな細い声をあげている。小鉄も小さく(うめ)き声を上げている。小刻みに、時折奥深くまで抽送し、暁の良いところを愛撫する。眉をひそめ、暁を絶頂に導くまで、自身の熱を(ほとばし)らせるのを我慢しているようだ。 「暁……。好きだよ。ねぇ、気持ち良い? どこが良い?」 「んっ……。俺も好きだよ小鉄。き、もちい……。奥が、感じる……。顔見ながらしたい」  身体の向きを変え、仰向けに横たわった暁の両脚を持ち上げ、前から小鉄が挿入していく。逞しい暁の上にほっそりした小鉄がのしかかる姿は何ともエロティックで、更に蒼生は滾った。絶頂が近いのか、二匹は必死に腰を律動している。汗を滴らせたお尻は、鉄魚の鱗のようにキラキラと光っている。 (すごい。綺麗だ……)  もはや蒼生の脳裏から漫画のことは完全に消えていた。ただただ、目の前で繰り広げられる二匹の自然な愛の営みに、感嘆で目を奪われた。  短い時間静止して強く互いを抱きしめ合った次の瞬間、二匹は大きな溜め息をつき、脱力してベッドに寝そべった。 「はぁ……」  あまりに気持ち良さそうな表情に、蒼生は固唾をゴクリと飲み、思わず問い掛けた。 「あの。ど、どんな感じだった……? 人間の姿でするエッチって」  汗で濡れた首筋に、燃えるようなオレンジ色の髪をまつわりつかせた艶めかしい姿の暁が、物言いたげに気怠い眼差しを投げかけてくる。その色気に、蒼生はドキリとした。暁は、無言で手を差し伸べてくる。 「……えっ?」  愛を交わした直後の、色気が溢れ出ている二匹に優しく腕を取られ、ベッドに誘われ、蒼生は目を泳がせながら頬を赤らめた。 (まさか、まさかだよねぇ?) 「蒼生も一緒にしよ?」  小鉄が耳元に囁き掛ける。反対側からは、暁が蒼生の服を緩め始めている。 「え、え? そんなの、ダメだよ、だって、」 「なんでダメなの?」 「えーっと。ほら、僕、初めてで、したことないし」 「オレらも今さっき、初めてしたばっかり。大丈夫だよ。本能だから、こういうのは」 「や、そうだけど!」 「だって蒼生、こんなにおっきくして、窮屈そう。気持ち良くなろうよ」 「はうっ……!」  暁が、蒼生の屹立した分身を撫で上げる。痛いくらい膨らんだそこを優しく指先でなぞられただけで、蒼生はよじれた声をあげてしまう。自分以外の手で、興奮したそこに触れられるのは初めてだ。羞恥心に襲われる反面、一周回って余計に興奮している自分に気づき、蒼生は耳まで顔を赤くした。 「蒼生が、俺たちが他の金魚とは種類が違うって気づいてくれて、しかも二匹いるから兄弟だろうって気づいて、引き取ってくれて。こんなに可愛がってくれて、ほんとに嬉しかったよ」  スウェットシャツの裾を掴み、蒼生に両腕を上にあげるよう促しながら、暁はしんみりした口調だ。 「オレたち、鉄魚の中では身体が小さいほうで、落ちこぼれだったんだ。だから、一匹千円の値が付きそうもないっていうんで、二束三文でテキヤに売られたわけ。  ……縁日の金魚って、基本は和金だけど、水槽を華やかにするために、ちょっと出目(でめ)金とか入れて、当たりの金魚作るんだよね。俺たちは、いちおう当たり金魚として引き取られたんだけどさ。和金たちからは『鉄魚の落ちこぼれ』って馬鹿にされて、オレたち二匹は、水槽の中でも爪弾きにされてたんだ」  反対側に控える小鉄が、胸が詰まったのか喋れなくなった暁の続きを引き取った。 「……でも、蒼生は、あの水槽の中で、オレたちを見出してくれた。目をキラキラさせて、宝物を見るような顔で見てくれて。しかも、兄弟だから一緒にしないと可哀想だって言ってくれて。何枚もポイを買ってくれて、ありがとね。オレたちも必死に掬われようとしたんだけど、なにせ身体が重いから」  暁も小鉄も、目の(ふち)を赤くしながら目を潤めている。  蒼生は少なからぬ衝撃を受けていた。自分の知らなかった彼らの辛い過去に。  淡水魚ファンの自分にとっては垂涎(すいぜん)の的である鉄魚の暁と小鉄が、鉄魚としては小ぶりで商品にならないと、無残にも稚魚のうちに判定を下されていたこと。  和金よりも大きな身体と、華やかな(ひれ)を持つ美しい彼らが、縁日では他の金魚たちから仲間外れにされ、二匹だけ孤立していたこと。 「おい、お前。何だって、金魚すくいになんか紛れ込んでるんだ? こんなとこにいちゃダメだろ?」  確か蒼生は彼らにそう話し掛けたはずだ。本来ならペットショップで一匹千円はする鉄魚だと認め、唯一の兄弟と離さず二匹一緒に引き取ってくれた蒼生に、彼らが最初から従順に懐いたのも、頷けた。 「見るだけじゃなくて、自分で実際に経験してみた方が良い漫画が描けるんじゃないかな? それに、すっごく気持ち良かったんだ。育ててもらった恩返しに、蒼生のことも気持ち良くしてあげたい」  暁は、蒼生の耳朶(みみたぶ)に口づけながら胸の頂を優しくつねった。 「きゃふ!」  思わず腰が跳ね上がると、すかさず小鉄が蒼生のチノパンを引き下ろす。四本の柔らかい手に身体中を撫で回されて、それだけで蒼生の中心は雨に降られたように濡れてしまっている。
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