蓮華薬師堂薬局の処方箋

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 周囲はざわざわとざわめく竹ばかり。昼間なのに薄暗い道が続き、どこからやって来たのか解らなくなってしまって、途方に暮れて桂花はその場に座り込んでしまっていた。そんな時、そう言って声を掛けてくれたのが、法明にそっくりな顔立ちの青年だった。  白衣を着ていて、柔和な笑みを浮かべたその人に、桂花は警戒することも忘れて、迷子になったのだと躊躇うことなく打ち明けていた。どういうわけか、この人ならば信頼して大丈夫。そんな気がしたのだ。  今思うと、その人に警戒心を抱かなかったのは、普段からお寺で嗅いでいるお香の匂い、沈香の匂いがしたからではなかったか。知っている匂いに安心したのではないかと、今ならばそう気づくこともあるが、ともかく、優しい顔立ちのその人を桂花はすぐに信用していた。 「おやおや。迷子になっちゃったんだ。それは困ったね。おうちはどこ」 「嵯峨野にある光琳寺。お祖父ちゃんのおうちなの」  そう説明すると、青年は知っているよとにっこり笑って座り込んでいる桂花を立たせ、そして桂花の手を引いて歩き始めた。そこでほっとした桂花だったが、同時にこの人は誰だろうと初めて不安になる。
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