蓮華薬師堂薬局の処方箋

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 普段は住職である龍玄の座る位置、本尊の正面にあたる場所に立つと、本尊の優しい顔がよく見える。この光琳寺の本尊は薬師三尊像だった。中央には優しく微笑む薬師如来、その横に日光菩薩と月光菩薩が控えている。薬師如来はその手に持つ薬壺で多くの人を病から救うとされていて、薬剤師を目指している時にはこの本尊に励まされたものだ。 「いつ見ても綺麗な顔をしているのよねえ、薬師如来って」  さすがに住職専用の高そうな座布団に座るのは躊躇われ、ぺたっとその横の畳の上に座る。少し寒かったが、しばらく本尊を見つめていたい気分になった。  こうやって見つめていると、薬師如来の穏やかな顔のおかげか、ざわざわとしていた気持ちが、すっと落ち着いて行くのが解る。そして、どうしてあんなに慌ててしまったんだろうと、恥ずかしくなった。 「それはまあ、やっぱり、漢方薬の勉強をサボってたことよねえ。憧れの人が漢方薬のプロかもしれない。こんな最も肝心な部分を忘れていたなんて、自分ってバカ。もっと早くに思い出していれば、大学の時に苦手だからって後回しにすることもなかったのに」  一番の動揺はやはりこれだろう。
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