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サイレントナイト
はるか遠くずっと遠くから賛美歌が聴こえたような気がした。それはとうに亡くした母の歌声のように温かだった。
ゴミを漁る人目もはばからず。
人はみな仕合わせそうな顔で行き交う。
街は赤と緑に占領され色様々な点滅する電球がまとわりつく街路樹。
食べられそうなものもお金に替えられそうなものもまるで見当たらない。
諦めよう。
小高い丘へ登って街を見下ろしてみた。
一帯が金色に美しく暉いているようであった。
ポケットからキャンディーの缶をとりだす。
知らない誰かが吸い終わって捨てた吸殻がたくさん入っている。
無造作にそのうちの一本を咥え火をつけた。
気がつけば冷たい雨は湿り雪に変わっていた。
ずぶ濡れて、体の芯まで凍てつかせる。
それよりも堪らないのはこの落ちぶれ惨めな我が身。
着の身着のまま。
それも酷く汚れあちこちが破れ見知らぬ誰かが捨てたもの。
お腹がすいてどうしようもない。
しかし一銭も持っておらず、人目もはばからずゴミを漁る。
毎日シケモクを拾い集め少しずつ大事に吸った。
でも今日は街はクリスマスイブだ。
私はフイルターだけになった吸殻をようやくその辺へ放った。
フイルターだけになったその吸殻もあっという間に降り積もる雪で見えなくなった。
私は次のシケモクに火をつけた。
いつもならもったいなくて続けざまに二本も吸わない。
でも今日は街はクリスマスイブだから特別だ。
もう何日の間、何も食べていないだろう。
風呂に入ったのは何ヶ月前、それとも何年前か。
いつからこんな暮らしをしたのかすら忘れた。
たしか、こうなる前は人並みの暮らしをしていたのだけれど。
狂わせてしまったのは他でもない自分自身だ。
名のある会社のOLとよばれていた自分がまさかこうして人目もはばからずゴミ漁りをするとは夢にも思わなかった。
きっと私は調子にのっていたのだ。
だから神様が罰を与えたのだ。
不倫。
不倫は誰も仕合わせにしない。
好むと好まざると関わる全ての人が不仕合せにしかならない。
身をもって知った。
しかしもう手遅れであった。
私は逃げるより手段がなかった。
その成れの果てがこの有様なのだ。
三本目のシケモクに火を灯す。
この小高い丘の地べたに座り金色に煌めく街を見下ろしながら。
明日のシケモク。
もう必要ないようだ。
短なシケモクを指に挟んだまま冷たい体が後ろへ倒れた。
もう起き上がる気力も体力もないようだ。
気温がだいぶ下がったのであろう湿り雪は綿雪へと変わった。
雪はどんどん降り積もる。
私の体にも顔にも。
なんの容赦もなく降り積もる。
冷たい身体は痺れにかわる。
もう疲れました。
生き地獄。
身から出た錆。
どれもありきたり。
重すぎる代償。
このままずっと眠ってしまうのだろうか。
その方がうんと仕合わせだ。
もう目もあけられず呼吸もしているのかすらわからない。
ごめんなさい。
遠くで母が。
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