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晩秋
金は卑しく汚いもの
どうせ使うなら自分以外のために
最後くらいはそうしよう
そう思っていた
その矢先
痩せこけ
汚れ
見るにたえない野良猫がやって来た
男は懐をさぐってみた
わずかな小銭
男もまたこの何日か飲まず食わずで黄昏ていた
猫を驚かさぬよう静かに立ち上がる
「ちょっと待ってとがんせ、ぺんこべえりでもごっつぉするすけえに、待ってどがんせよ」
男は最寄りの雑貨屋で猫にやる魚の缶詰を持ち金の全てを払って買ってきた
猫はまだそこにじっとしていた
「さあ、食っとがんせ。ぺんこだどぉも」
缶詰を開けてやると少し離れて様子をうかがっていた猫が近づいてきた
「ほれ烏さとられねえうぢに食っとがんせ」
鮭の缶詰がひとつ
鯖の缶詰がひとつ
ふたつ並べて猫を招いた
よほど空腹であったのだろう
猫は全くなんの警戒心もなく貪るように魚を食べた
所詮、野良猫などは見ず知らずの人間からそうやすやすと頭や身体などを撫でさせぬものだが、食べるのに夢中で男の好きに撫でさせていた
「わあい、腹あ減ってあったべ。うんめえべ、いがった、いがった」
猫の邪魔をせぬよう男はそっと立ち去った
振り向きもせず
どこへ行くあてもなく
「最期にいいごどでぎでいがったな」
男は心の中でそう呟いた
冷たい晩秋の風が吹きぬけ薄が激しく穂を揺らした
この土手を越えればその先は冷たい川だ
男は、可愛がってくれた祖母を思い浮かべていた
見るからに冷たいその川は暗く闇へ続いているのであった
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