10Years

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10Years

10年後の今日、この桜の木の下で会おう 君が言ったのは別れの言葉なのだとすぐ理解できた。 そうでなきゃ来年も、でもかまわないだろう。 離れてしまうのは心まで一緒か。 君のその無理にはしゃいで明るく振る舞う姿も 僕にはただ哀しく映るだけだ。 やりきれない思いで僕は立ち尽くす。 君は笑顔で言った。 じゃあここでさよならしよう。 元気でね。 僕の手を強く握りしめると彼女は走り去った。 僕はその小さくなる後ろ姿をただ見送った。 そして僕が旅立つ日まで彼女からは電話すらなかった。 何度もこちらから電話をかけようか迷ったのだが 彼女はもう別れを決めたのだから。 僕は辛く 少し彼女を恨んでいたのかもしれない やがて僕が旅立つ日 駅のホームには両親と同級生が少し。 そこに彼女はいなかった。 僕にはそのことだけ 彼女のことだけが気がかりでしかたなかった。 でも彼女は見送りにも来なかった。 発車のベルが鳴り汽車は走りはじめた。 何度も気にかけて探したが彼女の姿はなかった。 18やそこいらで人生最高の恋愛とも思えなかったのだが やはり彼女は特別な存在に違いなかった。 あきらめるより仕方ない。 これからはじまる新しい生活の中できっと彼女より素晴らしい人と出会えるかもしれない。 そう自分を慰めてはみるものの いつしか涙が溢れてきた。 もしここが汽車の中でなければ大きく声を放って泣いたことだろう。 声を殺し泣いた。 さようなら。 あれから10年 月日の経つのは早いものだ。 僕は彼女とのサクラの約束をすっかり忘れていた。 あの汽車の中で声を殺し泣いた日からもう10年か。 見上げれば満開の桜 あのときと変わらずこの小高い丘に1本の桜の木。 僕もずいぶん変わった。 いろいろあった。 桜の木も じつは彼女のこともずっと忘れていた。 人というのは存外薄情なもののようだ。 いえ、それは僕だけではなく彼女もだけれど。 あの涙はなんだったのだ きゅうに可笑しくなってしまった。 手紙のひとつでも書けばいいものをそれすらしなかった。 言い訳じゃないんです 新しい暮らしに追われたのです。 いや、本当はやはり忘れていたのです。 ただこうしているとこの桜も自分もあの日のままのような気がするのです。 本当は何も変わっちゃいない。 ただここに君がいないだけなのです。 日が暮れて風が寒くなって来たのでもう帰ることにします。 でもあの約束を思い出し、来てみてよかったのかもしれません。 今度はいつ来るだろうか。 そのとき不意に背中から誰かが僕の名を呼んだ気がした。 ふりかえるとそこにはあの日のままの彼女がいた。 来てくれてありがとう 覚えていてくれたんだね ありがとう これがほんとに最後のさよなら それだけ言うと彼女は消えた 僕は彼女の名を呼ぶひますらなく煙のように消えてしまった。 幻か 悪い夢か なぜ彼女は成長していないのだ 頭のなかで様々な思いが駆け巡る。 煙草に火をつけ腰をおろす。 もう辺りは真っ暗になり丘の下の町に火が灯る。 ふたりで通った學校も遠くに見える。 不思議なことがあるものだ。 やはり悪い夢だろうか。 そんなことを考えながらの帰り道で同級生とばったり出会った。 彼女は僕がこの町を出た数ヶ月後に亡くなったことを今知らされた。 あのとき医者からすでに、長くないことを告げられていたのだとも。 なぜだ どうして話してくれなかったのだ もしそうしてくれたなら僕はこの町に残ったかもしれないのに。 人目もはばからず僕は泣いた。 人生で一番泣いた。 やはり僕にはあの18やそこらの恋愛が人生で最高の恋愛であったのだ。 そして人生最後の恋愛だったのだ。 だから僕は結婚もしないでとうに50もすぎた。 本当に辛かったのは君のほう 今も僕の心には18のままの君がいる サクラの下ではしゃぐあの日の君が
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