冬に咲くひまわり

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冬に咲くひまわり

担任の女教師は教科書を読みながら生徒の机の間をぐるぐると歩き回った。やがて千恵子の机の脇で立ち止まり教科書を読むのをやめた。 「これはあなたが彫ったのでしょう」 千恵子の机の角に彫刻刀か何かで大きく死ねと彫られていた。ずいぶん馬鹿げた質問だ。誰が自分の机に、死ねなどと彫るものであろう。 「わかりません」 「わからないはずがないでしょう、これはあなたの机でしょう」 女教師は声を張り上げた。クラスのほとんどは笑っていた。 うつむき今にも泣きそうな千恵子。 「誰に死んでほしいのですか、私ですか、はっきり言いなさい」 女教師は怒鳴り声をあげると、とうとう千恵子は泣きだしてしまった。 一郎は見ていた、さっきの休み時間に千恵子が席を立った隙にその机を女子たちが取り囲み何かして、大声で笑っていたのを。ぜひこれは発言すべきか、一郎はおおいに迷った。しかし、自分に飛び火することを恐れ黙ったままでいた。 「これは学校の備品、いえ國の持ち物です、それを傷つけて、どうするつもり」 女教師は教科書で千恵子の頭を手加減なく思いきり叩いた。教室中が笑いに包まれた。千恵子は机に突っ伏して声を放って泣いた。一郎は胸がもやもやして握りこぶしを強く握った。そして自分の不甲斐なさを責めた。 やがてチャイムが鳴り、突っ伏して泣いている千恵子の後頭部を今度は平手でまたも思いきり女教師は叩いた。大声で泣く千恵子。さらに教室中笑い声に包まれた。女教師は終礼もせず教室から出て行った。 すぐさまほとんどの生徒が千恵子の机を取り囲み罵声を浴びせた。 上履きで蹴る者、唾を吐きかける者、何度も頭を殴りつける者。止めることもできず遠巻きに見守るのは一郎ら数人だけで、ほとんどが千恵子の虐めに加担していた。何より担任が率先して千恵子を虐めているのであった。 きっとこの机のことを学校から母親に言われるだろうと千恵子は思った。また母を泣かせてしまうのだろう。 千恵子の母は毎日泣いていた。今日も千恵子の服には靴底の跡があり、瘤ができたり、目のまわりを青黒くさせて帰ったり、時には髪をめちゃくちゃに切られたことすらあった。千恵子の母はそれを担任に訴えても、悪ふざけがすぎたのでしょうと取りあってももらえず、母子家庭だからではないのかと逆に言い返されるのであった。千恵子の母は思った。私が、千恵子が何を悪いことをしたというのだ、たまたま父親のいない家庭なだけではないか。たしかに生活に困窮し良いものも買い与えられないが、私が千恵子が何をしたというのだ。千恵子の母は毎晩泣いた。誰でもそうであろう。可愛い我が子が担任までグルになり虐められていたとしたら。千恵子の母は胸がつぶれる思いであった。 また一郎も同じような気持ちであった。なぜみんなは千恵子を手加減なく殴ったり蹴ったり毎日するのか。千恵子の教科書をゴミ箱に捨て、上履きはカッターで切り裂き、体育着はハサミなどでボロボロにされ、やれる悪さの限りを連中は尽くし、みなにやにやと笑っていた。 これは良くないことだ。しかし一郎は声を上げることができなかった。ただ一郎は祈るだけであった。あと二年、あと二年で卒業だ。中学になれば良い方向へむくのではないかと祈るだけであった。自分の弱さにも一郎は心を痛めていたのだ。 ある日の授業中、千恵子の教室に女が飛び込んできた。 手には出刃包丁を握りしめ般若のような形相で担任へ走り寄り何度もそれを突き刺した。溢れかえる血の海に女教師は声も出せず倒れた。女は声を荒らげた 「千恵子を虐めたやつは全員殺す」 悲鳴とともに逃げ惑う生徒を千恵子の母親は追い回し手当り次第に次々に出刃包丁を突き刺した。 一郎は黙って机に座っていた。自分も加害者なのだ。助けもせずただ見ていたのだから加害者なのだ。だから逃げずに刺されよう、そう一郎は思い目を閉じてじっとしていた。 阿鼻叫喚。 地獄絵図。 そして、やがて孤児となり施設に入った千恵子。 ある冬の雪の日。 その施設の大きな木にベルトをかけそれに首を入れた千恵子が見つかった。 母親が買ってくれたお気に入りのひまわりのワンピースを着て。
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