初恋

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初恋

由姫乃の初めての告白は小学五年の冬だった。 「みやちゃんて独身」 みやちゃんとはたまにスクールバスの運転にくる人で、普段からあれこれと雑務があり冬は除雪車にまで乗るらしい、茶髪でロン毛の、由姫乃は三十歳くらいだろうと予想していた男である。 「まあ、独身。離婚したからね」 こうしてバスの中で会話できるのも絶好のチャンスであった。それというのもインフルエンザや便乗組のズル休みで、なんとその日の下校のスクールバスは由姫乃ひとりだけであった。普段であれば他の生徒が邪魔をして、みやちゃんとはなかなか話す機会もなかった。みやちゃんは大人のくせに子供のようで、なかなか生徒には人気があったから必ず誰かが先にみやちゃんに話しかけ愚痴をこぼしたり、相談事をしていたりであったのだ。 「みやちゃんて好きな人いるの」 ちょっと話しをそちらに振ってみた由姫乃の頭の中では、 「うん、由姫乃」 そう返ってくることを多大に期待した妄想が膨らんでいたのだが 「さあどうだろう。いたら離婚して十年もひとりでいないよ」 存外普通の返答であった。バスは雪道をゆっくり走る。家に着くまでに言おう。由姫乃は決心した。 そのとき思いがけない言葉がみやちゃんの口から出たのだ。 「由姫乃は好きな人いないの。可愛いから絶対モテるだろう」 今だ。正に鴨が葱を背負って来るとはこのことではないかと先日の授業のことを思い出した由姫乃の胸は破裂しそうに高鳴ったのである。 「みやちゃんが好き」 とうとう言ってしまった。生まれて初めての告白だった。由姫乃の妄想では「本当はオレも由姫乃が気になっていたんだ」そんな答えを期待したのだが 「ああ、オレもみんなを同じくらい好きだよ。リアもミレイも他の子もみんな」 全くもってつまらない当たり障りのない返答であった。それもそうだろう年齢差が由姫乃の予想では二十ほどでもあるし。何より大人が子供をそういう目で見るようでは送迎バスの仕事などできるわけがないのである。もしそんな輩がいるとしたら、羊の檻に腹ペコの狼でも放り込むようなものだ。危険極まりない話しである。 そうだとしても、みやちゃんの返答にはがっかりせざるを得ない由姫乃であった。 「私ね、みやちゃんと結婚したいの」 まだLIKEとLOVEの違いを教わってもいない小学生の由姫乃が、今できる最高の恋愛感情の表現であったが、みやちゃんはただ笑っていた。これは由姫乃の一世一代の初告白だというのにだ。 「みやちゃん結婚しよう」 みやちゃんは黙って前を向いたまま穏やかに言った。 「由姫乃はこれからたくさんの人と出会う。中学、高校、大學、社会人になったらもっと人との交流が増えるからそれから考えたらどうだろう」 由姫乃にはなんだか言い訳のようなすっきりとしない話しに感ぜられた。 「私、一年生のときから、みやちゃん大好きだったから大丈夫」 「そうか。じゃあ由姫乃が大人になっても同じ気持ちならそうしよう」 ここでちょうど由姫乃の家の前にバスは止まった。 「じゃあな」 いつものように、みんなにするように笑顔で送り出すみやちゃん。 「私、ほんとにみやちゃんが好き」 「わかったよ。またな」 そう言われ由姫乃はとぼとぼと玄関へと向かった。人間、思うようにはならないものだと身をもって知ったのもこのときかもしれない。 由姫乃は小学生にしては大人びてじつに美しい少女であった。代々町会議員の家の子であったこともあり裕福で身なりもよく、垢抜けていっそう大人びて見えた。忙しい父親とは親子でありながらほとんど交際がなかったと言ってもかまわないだろう。そして逆にスクールバスの運転手の中にはいい歳をした者が、由姫乃への恋愛感情を口にするような輩も実際あったが、当のみやちゃんが由姫乃をどう思っていたのかは、まだ誰も知らない。 由姫乃をたったひとり降ろしたスクールバスが今来た雪道を引き返して行くのを由姫乃は曇りかけた窓からそっと見ていた。なぜだか涙が流れ落ちた。こんな気持ちも由姫乃には初めてのことであった。
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