八月のサンタクロース

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八月のサンタクロース

ぬけるような青空に入道雲がもこもこ。灼けるような太陽の日射しと蝉の大合唱。友達と虫取りの約束した次郎は虫取り網を担ぎひまわり畑の脇の道、日影を探し、さがし歩いた。 「あの、これを書いたのはあなたですか」 呼び止められ次郎が振り向くと、炎天下、滝のような汗を手ぬぐいで拭いながら麦わら帽子に白い髭の老人が袋を肩にかけ、なにやら紙切れを手に立っていた。 ああ、これはサンタクロースへ書いた手紙ではないか。去年の十二月二十四日には何も贈られなかったのだが。 「少し字の練習をしなくちゃいけない」 老人はその手紙を半ズボンの隠しにしまいながら言った。 「あなたは誰だのでしょう」 次郎は半ば不審に思い尋ねた。まさかサンタクロースがいるものか。 「これは、失敬。サンタクロースです」 まさか本当にそう返答があるとはさすがに驚嘆せざるを得なかった。 「しかし今は真夏、八月ですよ」 「いかにも、こう暑くては本当に敵わない」 「こんな真夏にサンタクロースさんが何の用です」 少し日影になる大きな木の下に老人は腰をおろした。 「なんともあなたの字が大変に乱雑で読み、知るまでに時間がかかってしまったのです」 少し迷惑そうに老人は言った。たしかに次郎は授業で雑記帳に自分で書いた文字を後から読み返し、てんでなんと書いてあるやら理解不能なほど字がへたくそであった。自分でもそうだのですから、まして他人がその次郎の字を明確に読めようはずがなかったのです。 「それは大変に難儀をおかけしました」 次郎は麦わら帽子をとり頭を下げると、そのサンタクロースだと言う自称の老人は袋をがさごそとして何かを取り出し次郎へ渡した。 「あの、これは」 「たぶんあなたがほしかったのは色鉛筆でしょう」 次郎が包みをあけると色とりどり鮮やかな十二色の色鉛筆であった。たしかにそう手紙に書いた覚えがあった。 「これは」 「だいぶ遅れましたがクリスマスの贈り物です。どうぞ受け取って」 サンタクロースはその白く長い髭を無造作になぜながら笑った。 「ありがとうございます。しかし、本当にサンタクロースがいるとは」 「特別です。今回だけ姿をお見せしましたが、本来は真冬に正装して馴鹿の引く艝(そり)でこっそり参りますからね」 たしかに、この真夏に本でみたとおりの赤いあの服では熱病か何かになってしまうであろうし、夏は雪もないので馴鹿の艝も役に立つはずがないのだ。 これは家に連れてゆき麦茶のひとつでも出さねば失礼にあたると次郎は思った。 「家がすぐそこですからお茶でもいかがでしょうか」 老人はすっと立ち上がった。 「まだ、あなたのように字がお上手でない方を何人か待たせているので、私はこれで」 次郎が引き止める間もなく老人は真夏の陽炎の中へと消えていった。 この色鉛筆で絵日記にしてもきっと先生も誰も信じてはくれないだろと次郎は思いました。
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