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チューインガム
男は事を済ませると背中を向けそそくさと身支度を始めた。テイブルの上には数枚のお札。こんな薄汚れた女を買うのに相応のお金。汚れたお金。穢れた女の生業。私はソファに深く沈みながら、先程出会ったばかりの名も知らぬ初めて会った男がネクタイを結んでいるその背中を見るでなく見つめながら煙草に火をつけため息とともに変に紫がかった煙を吐き出した。この煙草だってそう、見知らぬ男に買われた穢れたお金で手に入れたのだ。こうしなければ生きられぬ自分を恥ずかしむより本心は忌み嫌っている。それは良心の呵責か、せめてもの私に残された真心であろうか、それは私自身にも見当がつかない。まるで底のない沼を漁り落としたはずの宝石を探している白痴のようなものだろう。やがて男は背広を羽織ると挨拶のひとつもなく、私を振り返りもせず出てゆこうとするのを私は呼び止めた。怪訝そうな表情で振り返った男に私が作ったビーズ細工の小さな熊を渡した。小学生の頃に仲の良かった同級生から作り方を習い大人になった今もそれを忘れず覚えていたものだから手慰みというか、寂しさ紛れに毎晩作っていたのだ。
「これは」
殊更怪訝そうな表情で男は言った。出会ってから二言目か三言目くらいに口をきいた。
「それを買ってもらったの」
私はテイブルの上の薄汚れた金を見ながら、さも何かしら吐き出し嘔吐でもするような気持ちで答えた。男はそれ以上は何も言わず黙ってほの暗いホテルの部屋を出て行った。きっとホテルの外に出た途端に捨てられてしまうのだろう。私はこういった男たちには必ずそのビーズ細工の熊を渡すことにしている。私の体を売ったのではない、そのビーズ細工を買ってもらったお礼に体を許したのだ、そう自分に言い聞かせるために。それは告朔の餼羊であろうか。そんなことでこの穢れ、汚れた身も心も清まるはずもないのだけれど。やがて私も脱ぎ散らかした黒い下着や網タイツなどをまるで何かの部品でも集めるようにかき集め身支度をしてホテルを後にした。まだ午後の陽射しが柔らかな繁華街の人の波に紛れ次の見知らぬ誰かに買われるのを待つ。
ビーズ細工のかあいらしい熊。もうその辺に捨てられているであろう。抱かれては捨てられ、抱かれてはを繰り返す私の人生はまるでチューインガムだ。
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