22人が本棚に入れています
本棚に追加
/2ページ
「死んだらさ……できないだろ、草むしりとか。新たな自分の庭なのに」
そうブツブツ言いながら、アンタは虫眼鏡が要りそうな小さな双葉を引き抜いてたっけ。
「だから、せめてストレスが溜まらないように草引きだけしに通ってんだよ」
「いいじゃん、少しくらい生えてたって。だって周りなんて雑草が育って木になっている墓とか普通にあるし」
お墓なんて、年に1回も参れば十分だと思ってたけど。
「そういう『墓を放ったらかしにするヤツ』はいずれ自分も墓に入る身分だってことを理解してないんだよ。そういう死生観なんだろうさ。それに……」
ぶっきらぼうに続けたっけ。よく覚えてるよ。
「ストレスが溜まって『草を引け』って家まで来られても迷惑だろ?」
「うん、それは同意する」
本人が眠る墓前だけど、思わず納得したっけね。
正直なところ、確かにあの顔を二度と見たいとは思ってないわ。特に、死んでからなんて。
「……で、何? 今更そんな秘密を暴露してどうしろと? アタシに引き継げって言いたいの?」
「できれば」
自信のなさそうな、小さな声だったっけ。
「……考えとくわ」
義母のためだけなのなら、家に御札でも貼って後は放置確定なんだけど。
「お前、いつも使っているスマホ持っているか?」
突然、アンタが真面目な顔をして振り返った。
「ボイスレコーダーのアプリが入っているんだろ? 俳句のメモ帳代わりにしてるって言ってたヤツだ」
「……あるけど。どうするの?」
チェック柄のノート型カバーに入ったスマホを渡すと、アンタは少し離れた場所まで移動して、何事か吹き込んでから戻って来たわね。
「これ、渡しておくから。そんで、もしも気が向いて墓の草引きをしてくれたならその後でこれを再生してくれ。そうしたら、毎回お前にお礼が言える」
「呆れた……アンタ、馬鹿じゃないの? 今ここで言えばいいじゃんか。面と向かってさ。折角まだ生きて口がきけるんだし」
何だろうね、この恥ずかしがり屋の面倒臭いのは。
「いや……何か、それだと押し付けるみたいで嫌だし」
そうぶつくさと呟いてから、墓前で小さく合掌してたよね。
「さて……」
すっかり草臥れて角がすり減ったスマホケースを開いて、ボイスレコーダーの再生ボタンをタッチする。
どのファイルがそれだったか覚えておくのも面倒だから、結局あれからは一度も俳句に使えずじまいだよ。
「勘違いすんじゃないよ、アンタ。親子二代でバケて出られても面倒なんで来てるだけだから」
ジジ……という雑音の後から、いつもの声が聞こえてくる。
《草引きしてくれて、ありがとう。愛してるよ》
「……馬鹿な人だね、まったく」
頭上の空が少しだけ曇って見えたから、アタシは老眼鏡を外してハンカチで顔を拭った。
完
最初のコメントを投稿しよう!