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「あぁーあ。今日もいい天気だよ、アンタ」
厚手のコートを羽織って来て正解だった。見上げる高い空がいかにも冷たそうな。風がそんなに吹いてないのが有り難い。何しろ開けた高台だから、北風の吹き晒しは老体に堪える。
今日は特にお彼岸やお盆でもないし、市の霊園に人影は少ない。バス停の端にある小さなプレハブで供花を売っているオバさんも、暇そうにしてたっけ。
ごめんね、オバさん。こっちを見てたのは分かっていたけど、アタシは花を買わないの。だって当のダンナが「枯れると寂しいから要らない」って言ってたからサ。
『J-26』と書かれた小さい金属プレートが足元に見える。J区画の26番というそれが今のアンタの住所だよ。随分と簡単になったもんだねぇ。
「……」
腰を折り、墓所に敷き詰めた玉石の隙間から生える小さな雑草をこまめに抜き取る。1本1本はまるでカイワレ大根のような細かさだけど、2ヶ月に1回くらいしか来ないから、なるべく早めに摘んでおかないと目立っちゃうしね。
粗方雑草を引き抜いてから小さく手を合わせ、ポケットから愛用のスマホを取り出した。
最近はバッテリーの減りが早くなったから買い替えもしたいんだけど、『データの移行』とか言うのがよく分からなくてね。
正月に孫娘が遊びに来たら、一度相談してみるよ。
ボイスレコーダーのアプリを立ち上げ、再生ボタンをタッチする。
すると――。
あれは去年の10月頃だっけ。アンタが医者から余命半年の宣告を受けた帰り道だったねぇ。それはよく覚えてるよ。アンタの運転する車の助手席で、アタシは柄にもなく混乱していたから。
「寄りたいところがある」
そうアンタが突然言い出してさ。何の事かと思っていたら、ここの霊園だったわけよ。そう、アンタが眠るJ-26には『先客』がいたの。
「お義母さんの墓参り? 言ってくれれば霊園の入り口で安いお花くらい買って来たのに」
軽口を叩く声が震えてたのは、寒さのせいだけじゃないと思う。
「……いや、花は要らない。単なる草むしりだから」
アンタは振り返りもしなかった。
「お前には黙っていたが、2ヶ月毎くらいにはこうして雑草を取りに来ているんだ」
「……お盆に方丈さん(僧侶)を連れて来る時には大抵いつも綺麗だから、そういう時の前に片付けてるのは知ってたけど、そんな頻繁に来てたの?」
義母がこの世を去ってからもう7,8年になるが、そんなに足繁く通っていたとは知らなかった。
「お前も知ってるだろ? 母さんが庭に雑草が生えるのを極端に嫌ってたのを」
「そうね」
ええ、知ってますとも。特に病床についてからは『庭の雑草が……』と常にボヤいてましたからね。……掃除するのはアタシなのに。
あーあ、ヤな事を思い出させてくれるじゃないの。
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