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あっ!
彼だ!
轟 馨は顔から一気に血の気が無くなるのを感じた。
午前中は慌ただしく、午後イチで一斉配信しなければならない書面もあり、馨にしては早い時間帯のランチだった。
彼女が働くオフィスの周りは、コンビニや飲食店がほぼ無い。だからランチ難民が多い。それを解消する為、テナント各社で共同運営する社員食堂が、臨海部に立つこのビルの最上階にある。
少し練る必要のある文書作成を前に、脳への糖分補給で炭水化物多めのメニューを選んだ。普段は、東京湾を往来する大型船を遠くに眺めながら食後の一服をとるけど、気忙しく自社フロアに戻る途中だった。
正午をまわり、大勢の人が腹ペコの胃袋を抱え、社食に向かって来ていた。その中に、同期の松島由佳を見つけ、手を振った途端笑顔が凍りつく。
由佳の少し後ろに彼がいた。
携帯を持つもう片方の手に力が入る。
何で?
どうして?
本来ならエネルギーチャージした馨の頭は、明晰な思考を展開する筈。なのに真っ白な画面に、ひたすらその2つのキーワードが連打されてる感覚。
彼は仲間と談笑してて、まだ馨に気付いていない。
あの特徴的な丸眼鏡越しに隣人を見、人より高い位置にある骨盤から続く脚を、無造作に動かしてこっちに近付いてくる。その歩行に合わせ、ウェーブがかった前髪が揺れている。
ああ、絶対あの時の彼だ。
確信は、つい先日の出来事を鮮明に思い出させ、今度は逆に顔へ血液が集まる。
キスをするのに邪魔だった眼鏡を外し、彼を引き寄せた。掴み易い髪に指を絡め、快楽へ誘った…
馨は急いで面を伏せたが、自分でも真っ赤なのが分かる。
由佳は急に百面相をし始めた馨を怪訝に思うだろう。けれども回想が止められない。
…あの長い脚と腰が、馨と交わった。
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