エーミール〜こいにおちて〜

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 こんな僕でも、蝶の収集をしている時は常に彼を考える事が出来て…。彼のような光輝く存在に、近づける気がした。そして、彼が中庭を越えてやって来るような気がした。いや、儚い幻想だと知ってはいたけれど。  でも案外、その日は早くやってきた。彼が珍しいコムラサキを捕まえて、それを標本にしたのだ。この時ばかりは、僕に見せびらかしたくなったのだろう。珍しく、中庭を越えて僕の家にやって来た。  ああ。その時の僕の気持ちを、何と伝えればいいだろうね。うきうきして、そわそわして。彼が来るまでに、部屋を整理しておかなければ…!普段から綺麗にしているから、片付ける所なんてないんだけどね。  そうして、彼がやって来た。ああ、珍しい獲物を前にして紅潮する顔も可愛らしいなあ。また、彼の事を抜きにしても…。彼の標本を見て、息を呑んだ。珍しいコムラサキ。それが、見事な技術で美しく整えられている。彼の両親はとても貧しかったので、蝶はボール紙の箱に入れて保存していたけれど…。  一体、それが何だと言うだろう。箱は、文字通りただの容器だ。みすぼらしい箱は、むしろ彼と言う人間の内面の美しさを表しているとすら思った。
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