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別れは、突然にやって来た。中庭向こうにある彼の家が、一家でスイスに越す事を知ったのだ。
僕の受けた悲しみは、ひとかたならぬものだった。部屋に閉じこもって、ひとしきり泣きに泣き濡れて…。
そして、全てを受け入れようと思った。彼の人生は彼のものであるのだから、僕にそれを止める資格はない。
そうだ。これを機会に、すべてを無かった事に出来ないだろうか。お別れの挨拶に、いつかの非礼を詫びるのだ。クジャクヤママユもその他のコレクションも、いくらだって餞別代わりにくれてやる。
それよりも…。彼にとって気味悪く妬ましく、「悪徳」の象徴と憎まれたままお別れをする事こそ耐えられない。
そんなある日、何年ぶりかに彼がやって来た。思いつめた顔で、告白したい事があるのだと。そうかそうか、例の蝶を返しに来たのだな。
しつこいけれど、蝶の事などどうでもいい。それよりも正直に告白しに来た彼の心がけこそ、何と律儀で美しいのだろうと思った。
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