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翌朝、朝陽が東天にならぶ雲を赫く染め、上空は、初夏らしい碧水のような青空がひろがりはじめていた。
オレは、いつもより早く家を出ると近所のコンビニで猫用の缶詰を買った。昨晩は、あの白い仔猫が気になってどうしようもなかった。
定禅寺通りの欅並木は、深碧色の豊潤な葉叢が朝陽に照り映えていた。いつものように見上げると、葉叢が風に揺れた瞬間、欅たちが何かをささやいたような気がした。
足早に、あの空き地に向かった。汗が頬を伝う。
左右の低いビルに挟まれた小さな空き地は、朝陽に照らされ眩しかった。いくぶん目を細めて見渡した。
しかし、白い仔猫の姿はなかった。母猫らしき白い猫もいない。
空き地の奥まで入って、瓦礫の混じる地面を慎重にもういちど見渡した。奥の塀の外も確認した。
やはり、あの小さな白い仔猫も、母猫らしき白い猫も見当たらない。
──もうどこかに行ってしまったのか?
上空は碧水のような青空がひろがり、朝陽が差し込む瓦礫混じりの地面が輝いていた。
──もう探しようがない。
諦めて空き地を出た瞬間。道路の端に、蒼いハンカチが落ちているのが目にとまった。ハンカチは人に踏まれたのかひどく汚れている。
そう……
オレが、あの小さな白い仔猫を包んだ蒼いハンカチだった。拾い上げると、たくさんの小さな白い毛がついていた。
なぜだか全身が熱くなった。
──どこに行った?
言い知れぬ怒りが込み上げてきた。どこに向かっていいのかわからない。
振り向いた。しばらくのあいだ、朝陽に輝く瓦礫混じりの空き地を見つめつづけた。
数日後、オレは、洗濯した蒼いハンカチをブルーのハーフパンツのポケットに忍ばせて、愛犬シーズーのシーとあの空き地に戻ってきた。
空き地は瓦礫が混じったまま、やはり朝の日差しに包まれていた。
シーは、じっと空き地を見つめていた。
ふたたび、定禅寺通りの陽光に揺れる深碧色の欅たちが、何かを語りかけてくるようだった。
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