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悠介が不思議な砂時計を使う機会は訪れなかった。
あれに、本当に人の命をどうこうする力が備わっていたのかどうかーーー悠介にはわからない。
ただ、使わずに済んだことを幸運に思った。
『君はなんだか、若い頃の僕によく似ている』
老人の言葉が思い出される。
もしかすると、あの老人も、砂時計を使う機会を逸したのかもしれない。
そして、そんな自分に似た悠介に、砂時計を託したのではないか。
菜々に砂時計をプレゼントしてから、1年が過ぎようとしていた。
ある日の昼下がりである。
悠介は菜々の病室を訪れた。
手土産に、彼女が読みたいと言っていた小説を買ってきた。
もう手に力が入らない様子だったから、読み聞かせしてやるつもりだった。
少しだけ窓が開いていて、薄桃色のカーテンがはためいていた。
すぐそばの小棚の上に、砂時計が置かれている。
悠介は違和感を覚えた。
砂時計の砂が落ちていなかった。
いつも絶えず流れ続けていたそのひと筋が消えていた。
その代わり、ガラスの下方には、降りつもった白い砂が小山を作っている。
悠介ははっとして菜々の横たわるベッドを見た。
彼女は、穏やかな表情で眠りについていた。
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