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結局、砂時計を持たされてしまった。
あの老人の戯言を間に受けたわけではない。
砂時計を使って、誰かの“残りの寿命の半分”を奪うだなんて…。
ましてや、奪った寿命を自分のものにできるだなんて、荒唐無稽かつ気持ちの悪い話だ。
しかし、悠介はそれを捨てる気にはなれなかった。
捨てたら祟られるか、また自分のところへ戻ってくるのではないかと不安に思った。
ホラー映画の見過ぎだろうか。
また、この砂時計はどうもおかしいところがあった。
普通、砂時計は3分なら3分、1時間なら1時間と時を刻み、決まった時間になれば上のガラスは空になる。
だが、この砂時計はいつまで放置しても、永遠に下方へ砂が降りつもり続けるのであった。
(イカれた爺さんのせいで、今日は大遅刻だ…)
自宅まで付き添ったのはやり過ぎだったかもしれない。
転倒したあの場所で、適当に別れればよかったのだ。後悔しても今更遅い。
(13時からの取引先訪問で挽回するしかない)
そう心に決めて、悠介は職場の上司に頭を下げる。
「遅れて申し訳ありませんでした」
「巻島くん、君ねぇ。人助けとは聞いてるけど、今日が何の日か忘れてるワケじゃないよねぇ?遅刻は困るんだよなぁ」
「ご迷惑おかけしました」
課長はいつも人にネチネチと嫌味を言う性質なのだ。
悠介とは昔から馬が合わない。
「午後からの案件は、巻島くんには任せられないな。そうだ。他のヤツーーー増永さんに行ってもらおう。だから君は来なくて良いよ」
「は…?」
それまで課長の長ったらしい説教に耐えていたが、この言葉にはガツンと後頭部を殴られる心地がした。
「わたしが開拓した取引先ですよ?」
相手方の求めていた最新情報を取りまとめ、資料作成だって入念に行った。
確かに今朝は少し遅れたが、客先に訪問して交渉するのに特段の支障があるわけではない。
本来なら悠介が担当するはずだった案件。
これを増永…二つ下の後輩に取られるだと?
(このヤロウ…)
増永は悪くない。
憎いのは、ささいなことで因縁をつけて自分を引きずり下ろそうとする課長だ。
以前から、何かと悠介を目の敵にしてきた。
(そうだ、砂時計)
ふと心に浮かんだ。
今は自分の通勤カバンの中にしまってある。
(アレの効力が本物なら、課長に…)
どうにか理由をつけてパワハラ課長に接触し、その状態で隠しておいた砂時計をひっくり返せば、奴の余命を縮めることができる。
たとえば、残りの寿命があと50年なら、その半分、余命25年となるわけだ。
奪った25年の年月は悠介のものとなる。
そこまで考えて、悠介は手に汗がじんわりと滲んでいることに気付いた。
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