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悠介は思いとどまった。
理性が働いたのだ。
課長のことは恨めしかったが、くだらない人間にかかずらうことこそ癪に触る。
それに、砂時計を使うこと自体にも抵抗があった。
悠介は、その砂時計を自宅の本棚の奥に隠した。
そして、2年の歳月が流れたーーー。
悠介は、菜々という伴侶を得た。
菜々は同じ職場の総務課の女性だった。
最初は親しい間柄ではなかったが、たまたま帰りの電車が同じになった時、家がお互いに近いことが判明した。
それ以来、地元の話や共通の趣味の話題などを通して、急速に仲を深めていった。
欠けていたピースがはまるように、自然とお互いの手を取った。
結婚に至るのに、時間はかからなかった。
菜々ははたから見れば少し近寄りがたい存在かもしれなかった。
いつも背筋をピンと伸ばし、歩く姿が美しく、性格も芯の通った女性だった。
一緒に住むにあたり、お互いの引っ越し作業を手伝いに行った。
「悠介さん、これ素敵ね」
「あ、それは」
書棚の物を段ボールに詰める過程で、あの“砂時計”が出てきた。
2年前から一度もひっくり返していなかったが、相変わらず淡々と時を刻んでいた。
「ごめん、それに触らないで」
悠介は慌てて、菜々の手から砂時計を奪い取った。
「貴重な物だったの?ごめんなさいね、私…勝手に」
「いいんだ、君は気にしなくていい。ちょっといわくつきの砂時計だから」
「いわくつき?」
「あんまり詮索しないで欲しいんだ」
「わかったわ。でも少し見るだけならいいでしょう?」
本当は、こんな気持ちの悪いものを持っていると知られたくなかった。
菜々の視界に入るだけでも気が気ではない。
だから、存在自体を封印するように、悠介は厳重に梱包した。
また忘れてしまおうと思った。
結婚してから10年。
子供には恵まれなかったが、2人は幸せだった。
お互いさえいれば、こんなふうにいつまでも暮らしていけると思っていた。
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