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菜々が病に倒れた。
膵臓がんだった。
すでに肝臓にも転移していた。
激しい腹痛で病院に駆け込んだ時には、すでにステージ4、切除や根治が難しい状態だった。
少しでもがんを制御するため、薬物による治療を進めることになった。
妻の菜々は入院を余儀なくされ、仕事も辞めた。
幾度も入退院を繰り返し、定期的に抗がん剤治療を受けた。
副作用に苦しんだ。
痛みや食欲不振、手足の痺れ…。
奈々の頭髪は抜け落ち、手首に骨の筋が浮き出るようになった。
それでもなお、悠介にとっては愛しい妻であった。
「奥さんの治療ですが、そろそろ緩和ケアへ移行することも検討しましょう」
「あの、妻はもう…ダメなんですか」
「緩和ケアというとマイナスイメージをお持ちかもしれませんが、患者さんとご家族にとって、人間らしい生活を送れるようにするためのものです。…奥さんとの時間を大切に過ごしてください」
医者は穏やかに告げたが、悠介の心が休まることはなかった。
こんな気持ちでは、妻の顔を冷静に見ることができない。
そう考えて、見舞いの前に外の空気を吸いに行くことにした。
悠介は外に出たついでに、入院中の菜々のために何かプレゼントを買っていこうと考えた。
少しでも慰めになればいい。
病院から少し足を伸ばしたところにある雑貨店に寄った。
(あ…砂時計…)
雑貨店で目にしたのは、おもちゃのような作りの小さな砂時計だった。
そして思い出した。
自宅の本棚の奥底にしまいこんだ、不思議な砂時計の存在を。
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