有限の砂

7/8
前へ
/8ページ
次へ
病室に着くと、菜々はベッドに仰向けになっていた。 眠っているようだ。 白い壁、白いシーツ、剥き出しの白い腕…すべてが白い。 悠介は、砂時計を上着のポケットに入れたまま、菜々の手を握る。 「なぁ、菜々…教えてくれ。この苦しみを早く終えたいか?それとも、苦しくても長生きしたいか」 寝ているとはいえ、残酷な二択を迫ったことに、悠介は自己嫌悪した。 同時に、どうにかして菜々を救いたい、菜々のために己の命が削られても構わないと思った。 ()けて角張った顎のライン、色のない唇。 それを見つめていると、切ない気持ちと、愛おしい気持ちが()()ぜになった。 彼女の胸が微かに上下しているのを見て安堵した。 そうしているうち、菜々の手に力が込められた。 悠介の指先を握り返してきたのだ。 「…悠介さん、私ね。苦しいのは嫌よ。早く楽になりたいって思う時もある」 「起きてたのか…」 悠介はバツの悪い表情(かお)をする。 「でもね、悠介さんとはもっと一緒にいたいと思ってる」 「どっちか片方しか選べないとしたら?」 問いかける悠介の声色は冷え切っていた。 感情を必死に押し殺していたからだ。 菜々は、少し考えるそぶりを見せた。 そしてふと窓際に目をやる。 緩やかに流れていく雲の合間から、うららかな春の陽光が差し込んでいた。 「そうねえ、それなら…。あなたが笑顔でいられる方を選ぶわ」 実に菜々らしい答えだった。 彼女の望みは、悠介が笑顔を取り戻すことだったのだ。 自分は変に気負い過ぎていたのか。 悠介は肩の力を抜いて、ふっと笑みを漏らした。 そして、ポケットの中に手をやる。 確かな質量。 あの砂時計を取り出すと、病室の窓際にある小棚に飾った。 「あら?これは…。昔、あなたに触るなと言われた砂時計よね?」 2人で引っ越しの準備をしていた時期だから、10年以上前だ。 彼女は覚えていたらしい。 「これ、プレゼント」 「まあ…」 菜々の顔が(ほころ)んだ。 「ありがとう。あなたからのプレゼントは久しぶりね」 「そうだったか?」 「そうよ。だって、私が病気になってから…あなた、ずっと思い詰めていたじゃない。プレゼントどころじゃなかったのよね」 菜々の明るい顔が見られて、悠介は満足だった。
/8ページ

最初のコメントを投稿しよう!

12人が本棚に入れています
本棚に追加