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病室に着くと、菜々はベッドに仰向けになっていた。
眠っているようだ。
白い壁、白いシーツ、剥き出しの白い腕…すべてが白い。
悠介は、砂時計を上着のポケットに入れたまま、菜々の手を握る。
「なぁ、菜々…教えてくれ。この苦しみを早く終えたいか?それとも、苦しくても長生きしたいか」
寝ているとはいえ、残酷な二択を迫ったことに、悠介は自己嫌悪した。
同時に、どうにかして菜々を救いたい、菜々のために己の命が削られても構わないと思った。
痩けて角張った顎のライン、色のない唇。
それを見つめていると、切ない気持ちと、愛おしい気持ちが綯い交ぜになった。
彼女の胸が微かに上下しているのを見て安堵した。
そうしているうち、菜々の手に力が込められた。
悠介の指先を握り返してきたのだ。
「…悠介さん、私ね。苦しいのは嫌よ。早く楽になりたいって思う時もある」
「起きてたのか…」
悠介はバツの悪い表情をする。
「でもね、悠介さんとはもっと一緒にいたいと思ってる」
「どっちか片方しか選べないとしたら?」
問いかける悠介の声色は冷え切っていた。
感情を必死に押し殺していたからだ。
菜々は、少し考えるそぶりを見せた。
そしてふと窓際に目をやる。
緩やかに流れていく雲の合間から、うららかな春の陽光が差し込んでいた。
「そうねえ、それなら…。あなたが笑顔でいられる方を選ぶわ」
実に菜々らしい答えだった。
彼女の望みは、悠介が笑顔を取り戻すことだったのだ。
自分は変に気負い過ぎていたのか。
悠介は肩の力を抜いて、ふっと笑みを漏らした。
そして、ポケットの中に手をやる。
確かな質量。
あの砂時計を取り出すと、病室の窓際にある小棚に飾った。
「あら?これは…。昔、あなたに触るなと言われた砂時計よね?」
2人で引っ越しの準備をしていた時期だから、10年以上前だ。
彼女は覚えていたらしい。
「これ、プレゼント」
「まあ…」
菜々の顔が綻んだ。
「ありがとう。あなたからのプレゼントは久しぶりね」
「そうだったか?」
「そうよ。だって、私が病気になってから…あなた、ずっと思い詰めていたじゃない。プレゼントどころじゃなかったのよね」
菜々の明るい顔が見られて、悠介は満足だった。
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