「二」

3/3
12人が本棚に入れています
本棚に追加
/4ページ
お里は、佐吉の正体を知らない。 人でないとわかったら、いくら、銭を持っていても、逃げ出すに違いない。 結局、佐吉にとって、お里は高嶺の花。一生かけても、近寄れない相手なのだ。 悔しさに押されるように見上げた夜空。月がやけに眩しかった。 「あらまっ、どうしたのさ。こんなところに突っ立って」 「お、お里ちゃん……」 暗闇で、男と戯れているはずの、お里が現れて、佐吉は驚きを隠せない。 「ふふふっ、ちょっと、からかってやったのさ」 含み笑いながら、ちろりと舌をだし、お里は肩をすくめた。 その無邪気な仕草に、つい、佐吉の顔も緩んだ。 とはいえ、余所の男と軽口を交わしていたことに違いはない。 素直に笑い話とも受け止められず、なんと返せば良いのだろうかと、佐吉は口ごもった。 「ほら、こうやってね」 お里がふいに、顔を袖で隠した。 「どうだい?」 言って、ゆるりと袖から覗かせたお里の顔には、目も鼻も口もなく、まっ平らで、のっぺりしている。 「お、お里ちゃん!」 佐吉は、腰を抜かした。 瞬間、ひゅっと旋風がまき起こり、お里は、くるりと宙返る。 「どうしたんだい?あんたも、人間を(だま)しに来てるんだろ?」 くりりと愛らしい目をした犬が、ちょこんと座って、佐吉を見上げている。 だが、ふさふさとした尾先は、二つに割れていた。 犬の体をもち、尾が二股に分かれている――、と言えば、言わずとしれた……。 「猫股(ねこまた)?!」 佐吉のあげた、すっ頓狂な声に、お里だったはずの獣は笑った。 「なんだよ。わかってなかったのかい?あたしは、あんたの事、臭いでわかっていたんだよ?」 まさか、お里も、人でなかったとは……。 佐吉の体から、いっきに力が抜けた。 「……同じ穴の(むじな)だったのか」 言って、へたりこむ佐吉に、 「まあ!あたしは、猫股だよ。(むじな)なんかと一緒にしないでおくれ!」 と、歯切れ良い言葉が、浴びせかけられた。
/4ページ

最初のコメントを投稿しよう!