「二」

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吉原の花魁(おいらん)を相手にするわけでもない。岡場所(おかばしょ)の女以下の、たかだか、辻に立つ女、なのに……。 小さめに結った本多髷(ほんだまげ)に、袖が長めの羽織りと博多帯(はかたおび)、腰には金華山織(きんかざんお)りの煙草(たばこ)入れ、白足袋と、八幡黒(やはたぐろ)の鼻緒――。 誰もが認める、羽振り良い風体。 それなのに銭が無いとは情けない。 いや、こんな格好など、ぱっと、宙返りすればすぐできる。 そう――、佐吉は人ではなかった。 狐である。 だが、狐とはいえ、晦日(みそか)の夜には、関東稲荷総司、王子稲荷へ参拝できる高位の身分。人に化けるのも朝飯前の、強い念力を持っている。 銭だって、その気になれば、小石か木の葉を使えば……。 しかし、それは一晩明けると、使い物にはならない代物になる。 まやかしの、偽銭を使ってまでお里を手に入れようと佐吉は、思ってはいなかった。 お里は、物ではない。佐吉の中では、かけがえのない女だからだ。 だが、男から、銭を受け取らなければならない、お里の事情も汲んでやりたい。 自分が、十分に銭を与えられれば、お里は身を犠牲にしなくても良いのに……。 日々、想いと現実との板挟みで苦しんで――、好いた惚れたごときにまどわされ……、立ち往生しているとは、情けない話である。 と――、先の辻で、うわあっと、おおぎょうな男の声があがった。 追うように、お里の馬鹿笑いが響いてくる。 捕まえた客と、ふざけあっているのだろう。 指をくわえて見るしかない佐吉の胸は、きりきり締め付けられた。 銭があったら、本物の銭を持っていたら――。 お里があんな下世話な笑い声をあげ、客の気を引くこともない。  いや、毎晩辻に立たなくとも……。 でも――。銭があっても……。  佐吉は、あっと息をのむ。
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