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翌日、二日酔いに襲われることなく歯科医院に出勤し、いつもの仕事をこなす。
今日は土曜日なので年齢層が若い。十人目の43歳サラリーマン、の会計が終わり「お大事に」と頭を下げた
サラリーマンは春の青空を眺めると足取り軽く外へ出ていった。
長い息を吐いた。次の患者さんは時間がかかる診療をしているから暫くは出てこないだろう。パソコンの画面をスタンバイモードから起動させたけれど、気力がわかない。
本当に昨日は合コンしたのだろうか?市太郎って人は本当に居たんだろうか?
夢だったのか?きっと夢だったのだろう。
どうせならあのスーパーイケメンとホテルに行っておけば良かったのに。自分は夢の中でもいじけなしだった。
あの夢が正夢になったらいいのに。
正義のヒーローになって、あのスーパーイケメンと恋に落ちちゃったりなんかして。
大きなため息をつくと、また患者さんが一人入ってきた。
お昼休憩になりスマホを見ると、穂花からメッセージが届いていた。
「昨日、市太郎さんとあの後どうなった?」
思わずスマホを床に落としてしまった。慌ててスマホを手で拾う。
……現実だったのか?
イケメンにホテルに誘われたかと思えば、変な薬を飲まされてプリンセス戦士に変身して……
やっぱり飲みすぎていたのかもしれない。
けれどあの変身した時のドレスの絹の滑らかなな感触が肌に妙に残っている。
午後7時、自宅マンションの年季の入った重たいドアを開けた。
「ただいま」
母親はいつも「お帰り」と玄関に出てきて声をかけてくれるのにその気配がない。
それどころかリビングから楽しげな笑い声が聞こえて来る。珍しくお客さんが来ているのだろうか。
リビングの戸を開けると、そこには市太郎さんがいた。お母さんと仲良く談笑している。
悪い夢でも見ているのだろう、そうに違いない。ドアを閉めてまた目を閉じた。
息を大きく吸い、またドアを開けた。自分は相当疲れている。だから市太郎はいない、そう確信していたのだ。
ところがやっぱりそこにはお母さんも市太郎もお父さんもいた。
市太郎は私が帰ってきたことに気づき「百合香、お帰り」と手を挙げた。
「……何でここに?」
お父さんとお母さんは不思議と笑顔だった。市太郎もニコニコとしている。
「百合香、隣に引っ越して来たからよろしくな」
頭が追いついていけない。
「……いや、隣って人いるよ?」
右隣には確か小さな子が二人いるご家族と、左隣には子供がもう全員育った二人のご年配の夫婦がいたはす。
弟の高志と仲良くしている隣の小さな男の子達の声がうるさいといつも怒っていたうちのお母さんはニコニコ顔だった。
「隣のお子さん連れのご家族に最上階に移って貰ったんですって」
「……はぁ?どうやって?」
「いやあ、最上階が空いてたからさ」
怪訝な表情で市太郎を見つめていた。一体どういうことだ?どうして市太郎にマンションの住民を移動させる権利があるのだろうか。
「俺このマンション買ったんだよ!」
腹の底から叫び声を上げた。
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