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市太郎は母親が焼いた秋刀魚を美味しそうにかぶりついた。
「美味しい、こんな美味しい魚は初めて食べたよ。この手作りドレッシングのサラダも美味しい」
お母さんはこんな見え透いたお世辞に大袈裟に喜んだ。市太郎は主婦の喜ぶポイントをよく理解している。
「今まで料理ロボットが作ったものしか食べて来なかったから、本当に美味しいよ」
「ロボット?」
父親と私と母親は腰を抜かしそうな程驚いた。料理を作れるロボットがいるのはテレビで見たことがある。けれど、どうやったらそのロボットに毎日料理を作って貰えるのだろうか。
「市太郎は毎日料理ロボットが作ってたご飯食べてたの?」
市太郎はまたにっこりと笑うと、話を逸らした。余程自分のことを聞かれたくないらしい。
「百合香、ついに俺のことを呼び捨てにしてくれて嬉しいよ」
確かに言われてみると、いつのタイミングかわからないけれど市太郎を呼び捨てにしていた。おそらくイケメンでかっこいいと思わなくなった瞬間からだろう。
お母さんはうっとりと市太郎を眺めた。
「百合香ったら、男っ気がなかったのに、こんなにイケメンのステキな彼氏連れてきて」
お父さんも満足そうに頷いた。完全に何か勘違いされている、即座に否定しようとした私を市太郎が遮った。
「そういえば百合香、部屋見せて」
半ば強引に引っ張られ、リビングから出されて自室に連れこまれた。市太郎は興味深く部屋を見渡していたがすぐに噴き出した。
「いやー、本当に特徴が無い部屋だね。ザ平凡ってかんじ。百合香らしいよ」
市太郎は天真爛漫だ。言いたいことを言って人を傷つける。まるで幼稚園の子どもみたいに相手のことを考えられない。
大きなため息か自然と出た。
「……自分の部屋がどんな部屋だろうが市太郎に関係ない」
「良くないよ、建前上の彼氏としては気になるよ」
市太郎は相変わらずニコニコとしていた。それが癪に触る。
「だから彼氏ってどういうこと?付き合ってない」
市太郎はまたにっこりと笑った。この笑顔を見せれば、たいていは誤魔化せると思っているのだろう。
「その方が色々と便利だろ?安心しろ、俺は愛とか恋とかそんな気持ちは一切持ち合わせてない。ましてや百合香みたいな平凡な女とどうこうなるわけない」
市太郎はそう吐き捨てるとゲラゲラと笑い出した。
「けれど、百合香には一つだけ利用価値がある。プリンセス戦士がよく似合う」
この言葉に我慢の糸が切れた。「利用価値があるとかない」なんてどうして他人に決められなくてはならないのだろう。
市太郎の本性はこれだ、自分が好きなプリンセス戦士を復活させたい。その為だったら他人なんてどうでもいい。私が戦いで怪我しようが死のうがどうでもいいのだ。
「プリンセス戦士になんて二度とならない!」
市太郎はまたニッコリと笑った。
「うそ〜昨日あんなに楽しそうだったじゃん。決めポーズまでしっかりと決めて」
何も言い返せなくなった。
確かに昨日は最高に気持ち良かった。現実的に考えたら正義のヒーローなんてコスパが悪いことやりたくない。
どうして縁もゆかりもない人の為に命を張らなければいけないのだろうか。
「俺にはわかるよ、百合香はプリンセス戦士がやめられないよ。だって誰よりも自己肯定感が低そうだし、承認欲求が強そう。だから百合香をプリンセス戦士に選んだんだ」
今朝の夢を思い出し、市太郎の言葉が心をえぐる。
市太郎は手を伸ばして棚の上にある私のプリンセス戦士のぬいぐるみを手に取った。
「ほら、現にぬいぐるみも大切にしててくれて、嬉しいよ」
これは私が大切にしていたものだ。この男に触られたくない。咄嗟に奪い返した。
「……いい加減にしてよ、私は自分が何の取り柄もない誰からも必要とされない人間だってわかってる!誰からも凄いって言われなくていいから、平凡に暮らしていきたい」
市太郎は捨てられた子猫のような顔をして、私を見つめている。流石に私を傷つけていることにようやく気がついたようだ。
「二度とプリンセス戦士にならないから、違う人当たってよ!市太郎と二度と関わりたくない!」
「百合香、ごめん。俺、人との付き合い方がよくわからないんだ」
市太郎は肩を落として静かに部屋を出ていった。
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