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何か答える間もなく玄関のドアが開けられた。
市太郎が「おじゃましまーす」と距離なしの図々しい友人のようにズカズカと家の中に入って来る。
昨日、近所の祖母の家に行っていて市太郎を見ていない高志は勿論パニックに陥り叫んだ。
「この人誰?」
市太郎は高志を見てニッコリと微笑んだ。
「噂の高志君か、こんにちは。昨日隣に引っ越して来ました。市太郎君って呼んで」
人見知りの高志は差し出された手を払いのけ、私の背後に隠れた。
「この人誰?隣って真一くんの部屋じゃん」
真一君は元隣の部屋の住人で現在年中さん。0歳の真ニ君が弟にいる。この二人が唯一の弟の友人だった。
泣き出すことを覚悟で説明する。
「真一君は一番上に引っ越して、代わりに昨日からここに引っ越して来たんだって」
仲良くしていた友達が引っ越し、知らない男が住んでいる。これは耐え難い苦痛だ。
「えっ、真一君引っ越したの?コイツ誰だよ!気持ち悪いな!」
案の定、高志が目に涙を沢山溜めて泣き出した。人見知りで内向的な彼の唯一の友人達だったからだ。
子供の扱いがうまい人だったら、何かしらのアクションを起こすだろう。けれどら市太郎は明らかに困惑している。
市太郎みたいな天真爛漫なタイプは総じて子供が嫌いなのだろう。
私が思うに、子供がいたら自分が一番で居られなくなるからだと思う。
市太郎は悲しそうな顔をすると、部屋を無言ででていった。玄関のドアが閉まる音がする。あそこまで拒絶されたのがショックだったのだろう。
高志は大きな声で泣き叫んでいるので、懸命に宥めた。けれど唯一の友人が引っ越してしまった高志は絶望に打ちひしがれている。
数分後、再び玄関のドアが開く音がする。
「おじゃましまーす」と声が聞こえたので、市太郎がまた来たのだと思う。流石に高志を慰めようと思ったのだろうか。
市太郎は紙袋片手にリビングに入ってくると、食卓に最新の戦隊ヒーローおもちゃを次から次へと取り出した。彼はいつものようにニッコリと笑った。
「これ、あげるよ」
「物で釣るんかい!」
怒りで満ち溢れている。子供の心は物欲なんかじゃ満たされない。
ところが、高志は歓声をあげた。
「これ、スーパーヒーローの限定品じゃん!お兄ちゃん、だーい好き」
彼は私と同じく煩悩に満ち溢れていて、物に釣られやすかった。我が弟は現金にも市太郎の腕に絡みついている、情けない。
「ほらっ、高志今から出かけるでしょ?」
市太郎は何故だか目を輝かせた。
「今からどこ行くの?」
高志も目を輝かせた。
「公園に行って、その後近所のショッピングモールだよ。なんでも売ってる。市太郎にいちゃんも行く?」
「つれてく訳ないでしょ?どこにでもあるありふれたショッピングモールだから!」
市太郎は目を輝かせた。
「行きたい、行きたい」
「市太郎兄ちゃんと一緒に行きたい」
市太郎と高志が二人で騒ぎ出した。
歳が離れた弟に甘い自覚はある。
こうして市太郎を連れてごくありふれたショッピングモールに行くことになってしまった。
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