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慌てて布団から体を起こした。
ここは勤務先のハッピー歯科医院ではなく、築三十五年、マンションMIYABIの510号にある4畳の自室だった。
窓から差し込む春の朝日の眩しさに目を閉じた。
やっぱり夢だったらしい。
いや、途中から私自身も夢だと気づいてはいた。
部屋の隅で埃を被っているプリンセス戦士のぬいぐるみを一瞬見たけれど、すぐに目を逸らした。
現実に戻らなければならない。
私が幼稚園の頃、プリンセス戦士というアニメが一世を風靡する。
プリンセス戦士は変身するとドレスを纏い、魔法を使える。弱者に優しく、強者の悪は決して許さない。
まさに子供達が理想とする生き方をしていたのだ。
小学校三年生まで、プリンセス戦士になることか夢だった。
彼女のように凛として生きたかった。
けれど、夢見る少女はある日誰しもが気づくのだ。
現実の世界では変身できない、魔法は使えない、自分はそんなに有能ではないし、弱い者はなかなか助けられず、悪は倒せないと。
ため息を一つつくと、プチプラで買った長袖シャツとスラックスという無難な通勤服に着替えた。
リビングへと行くとお母さんが朝ごはんの用意をしてくれている。今日の朝ごはんはトーストとサラダと目玉焼きだ。
お母さんが牛乳を持ってくるついでに今夜の予定を訪ねてきた。
「百合香、今夜はご飯いらないんでしょ?」
「うん、今日は友達と飲みに行くから」
本当は友人の穂花がセットした男の人達との飲み会があるのだが、他の多くの社会人がそうしているように、そんなこといちいちお母さんには知らせない。
今日こそ誰かいい人がいるといいけれど。
身長が173センチある私は全くモテない。ここ日本では、男の人は自分より身長の高い女を恋愛対象から外すのだ。
噂に聞くに高身長好きの男の人がいるらしいけれど、まだ会ったことはない。
誰でもいいから、私のことを好きだと言ってくれる人と付き合ってみたい。
自慢じゃないけれど、煩悩が溢れている私は心からそう願っていた。
お父さんはもう会社に行ったらしく食べ終わったお皿が食卓に残されていた。
今日もいつも通りの日常が始まる。
仕事に行きたくないけれど、行かなければならない。
憂鬱な表情で玄関を開けると、4月の温かな春風が部屋の中まで吹き抜けた。
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