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ショッピングセンターまでの道のりは大通りを十分ほど歩く。三人で歩いていると風に吹かれてヒラヒラと桜の花びらが舞っていた。
市太郎は桜の花びらをうまく掌でキャッチすると目を輝かせた。
「見て見て、このピンクの花さくらだろ?」
高志が不思議そうな顔で市太郎を見上げる。
「サクラ知らないの?」
「知らなくないよ、小さい頃は日本にいたから」
「ということは、市太郎兄ちゃんは外国に住んでたの?かっこいい!」
目を輝かせた高志に市太郎は得意気だ。
「どこの国に」
「ほら見ろ、桜の花ごと落ちて来たぞ」
気になってどこの国にいたか聞いたけれど、案の定、誤魔化される。市太郎は自分の情報は絶対に明かさない。
市太郎の掌には桜の花が一つあり、高志はそれを手にとって喜んでいる。
そして、高志は私の手ではなく市太郎の手を握ってご機嫌に歩いている。左手にはしっかりとさっき市太郎から貰ったものが握られている。
本当に現金な弟だ。
小さな公園の前を通りかかった時、市太郎がポツリとつぶやいた。
「公園って行ったことないんだよな」
浮世離れした市太郎の一言に衝撃を受ける。
「はっ?何で?小さい頃行ったでしょ?」
「母親がずっと仕事してたから、危ないから家を出ちゃいけないって言われてたんだよな」
寂しそうにそう呟く市太郎に何と言ったらいいのかわからなかった。お金持ちにはお金持ちなりの苦労があるのだ。
ここで高志が無邪気に市太郎に切り込んだ。
「ねぇ、市太郎兄ちゃんは隣の部屋に一人で住んでるの?お父さんとお母さんは?」
「父親は生きてるのか死んでるのかわかんねぇ。母親は違うマンションに住まわせてる」
高志の無邪気さに気を許したのか何なのか、市太郎は珍しく自分のことを語った。しかし、次の瞬間、矛盾点に気がつく。
「ちょっと待って、お父さんの会社継ぐために帰ってきたんじゃないの?」
合コンで出会った日に確かにそう言っていた。
「その場の勢いで言っただけだよ」
市太郎はいたずらっ子のようにニヤリと笑った。
「じゃあ、仕事何してんのよ!無職?ニート?投資家?」
市太郎は何かを言いかけて止めた。きっと何か重大な何かがある。
「何でそんなにお金持ってるの?」
市太郎は私の質問には答えようとしなかった。その代わりにいつものこの言葉を大声で叫んだ。
「俺はプリンセス戦士百合香を誕生させる為に日本に帰ってきた。この日を待っていたんだ」
何だか適当な上っ面の言葉に騙されているような気がする。とにかく市太郎を取り巻く全てが謎すぎるのだ。
ヒーロー好きの高志が目を輝かせた。
「お姉ちゃん、変身できるの?」
「そんな訳ないでしょ」
高志はそうだよな、とすぐに納得した。小学校に入学した高志は戦隊ヒーローが実在しないとわかってきたようだ。いや、実在しないこともないのか。
市太郎はその様子をニヤニヤと眺めていた。
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