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目覚めが良くないプロローグ
私は寝るのが大好きだ。
枕やパジャマ、掛布団といった寝具に万単位のお金を注ぎ込むくらいには睡眠の質をそれはもう大切にしている。
通り道に寝具を取り扱う店があればフラッと立ち寄ってしまうし、「自分好みの枕を作ってみましょう」なんてお試しコーナーがあった日には数時間そこで過ごすのも苦ではない。服や化粧品なんかとは比べものにならないほどのお金を遣っている自覚がある。
私がこんなふうに育ったのは、小さい頃から母にうるさく言われてきた教えの影響が強いだろう。
「自分が長く使うもの、長く携わるものは妥協したら駄目。こだわりを持って、ある程度のお金はかけなさい。タダほど無駄なものはないわよ」
幼い頃、私は何が大切なんだろうと必死に考えを巡らせてみた。
無趣味だった訳ではない。好きな本は鞄の中に入れていつも持ち歩いていた。好きな映画のシリーズは必ず映画館に観に行っていた。CDをチェックしている芸能人もいた。学生ならではの好きな科目だって勿論あって。
でも、子供の私が導き出した答えは趣味や娯楽の類には当てはまらなかった。
人間が生きていくうえで必要不可欠な三つの行為の一つ。睡眠だったのである。
学校や仕事は仕方ないとして、それ以外で人間が長くやっていることといえば睡眠くらいかなと幼い私は考えたんだろう。母が言う「長く携わるもの」という点ではなるほど理に適ってるかとは思うけど。
新しい枕に替えたらぐっすり眠れた。シーツを取り換えたら快適だった。掛け布団を買い替えたら軽くて涼しくてすぐ眠れた……成功体験を得る回数も多かったせいか、間もなくして私は寝具の使い心地を追求するようになり、自称「寝具ハンター」の称号を獲得することとなる。
そして、そんな称号を掲げているからこそ私は今まさにこの瞬間、苦痛を感じているに違いない。
「腰、いた……」
横たわっているらしい私の腰に鈍痛が走る。いや、腰だけじゃないな。首も少し痛い気がする。寝具ハンターの感覚は鋭いのだ。
いつのまにか眠っていたらしい。寝入った記憶はこれっぽっちも無いんだけど。寝る前の行動が一切思い出せないのは何でだろう? あと、思い出せない不愉快さとは別に全身の違和感が凄い。
節々の痛みをなんとか意識の外に逸らしながら、私はゆっくりと瞼を開く。ついでにくいっと右側を向いてみた。目覚まし時計を右側に置く癖があったからだ。
「なんだこれ」
視界に入ったのは目覚まし時計ではなかった。否、目覚まし時計どころじゃなかった。我が家の寝具とは思いっきり方向性も豪華さも真逆の代物だった。
ふわっふわの大きな枕。
ふわっふわの敷布団。
ふわっふわの掛布団。
あれだ。昔話のお姫様が寝るような、純白でヒラヒラのレースがついてるような、金糸で刺繍が入ってるような豪華なやつだ。しかも天蓋付きときた。
ああいうの見映えは良いけど絶対に寝にくそうだよね~! なんて話してたのも記憶に懐かしい。さらに言えば寝心地の悪さについて予想が当たっていたのも嬉しい。
しかし、何で私はこんな豪華絢爛なベッドに寝ているんだろう。旅行の手配なんか一切してないのに。
起き上がろうと身を捩らせると、さほど遠くない距離から男性の声が聞こえた。聞き取りやすい、ほどよく低い声が響く。
「聖女様、おはようございます」
聖女様? 何ですかそれ? 返答をしたいのに、すっと声が出なかった。咽喉が乾燥しちゃったかな。
「ご気分はいかがですか。何か欲しいものはありませんか」
声が出ないことで不安にさせてしまったのか、男性は少しだけ心配そうな声色で尋ねてきた。場の雰囲気からして少なくとも私は客人のような立場ではあるらしい。
このまま黙っていても埒が明かない。そう判断した私は、ゆっくり息を吸って言葉にする。
「すいませんが……このベッド、寝にくいので、どうにかしていただけませんか」
「え?」
あ、男性が戸惑ってる。
「腰が痛くて……」
「腰が?」
私が何を言いたいか心底分からなくて困ってるんだろう。本当に申し訳なく思う。
「ここのお姫様はどうだか知りませんが……私と、この布団の柔らかさは相性が悪いみたいです……」
まずは寝具の見直しをお願いします!
その一心で、謎の男性に正直な要望をぶつけてみた。
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