世界と役割を知る、第1話

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世界と役割を知る、第1話

 私、薫木神凪(かおるぎかんな)は二十六歳のアラサー女性である。  寝るのが好きな私だけど、授業中に居眠りするような学生ではなかった。平均よりは上だったし、特定の科目だけならクラスで一番を取ったこともある。  だけど、その成績の良さは大学進学後に待ち受けている就職活動には何ら影響を与えなかった。  エントリーシートを何枚書いただろう。就職サイトもたくさん登録したな。一次面接を受けたのも十回や二十回どころじゃない。県外のほうが就職できるかもしれないと思って遠方の地域へ出向いた。おかげで黒いパンプスの消耗が激しくて、途中で買い替えたこともあった。しかし結果は変わらず。何度お祈りされたかなんて途中から数えるのも馬鹿らしくなってやめてしまった。  そんな矢先、実家に訪問した親戚が私の状況と住まいを知り、せっかくだからうちの会社で働かないかとトントン拍子に話が進む。引っ越ししなくていいうえに会社と家は徒歩十五分程度。満員電車に苦しむこともない。こんな近距離で何故知らなかったのか不思議だったけど、親戚といっても頻繁に交流していた訳でもないのでまぁいいか、と無理矢理に納得させた。  でも、まさか入社した会社がブラック企業だとは誰が予想できただろう。  家が近いからと早朝出勤を命じられ、帰りも徒歩だから大丈夫だろうと残業を押し付けられる日々が続いた。同僚は同情してくれたけど、上司であり経営陣である親戚らは何も配慮してくれなかった。身内である私をがしがしと利用した。  帰宅したら簡単なご飯を食べて、シャワーを浴びて就寝する。平日はそれだけで一日が終わる。休日はどこにも出かけず寝ていることが多かった。日用品や食材を買いに行くくらいしか用事はなかった。  そんな無茶を繰り返して身体を壊さなかったのは、寝具だけは吟味してお金をかけていたからだろうと自負している。寝不足ではあったけど、起きて身体が痛いなんて思ったことは一度も無かったから。  寝坊しないように気を付けなきゃ、なんて思ってた数日前が懐かしい。  だって、今は寝坊の心配をする必要がない。 「……ンナ様。カンナ様、大丈夫ですか?」  傍にいる人物が心配そうに声をかけてくれた。 「あっ……アメリア」 「お疲れですか? 説明も長くなりましたし、少し休憩しましょうか」  座っている椅子から身体を浮かせて、私の様子を確認しようと一人の女性が覗き込んでくる。  彼女の名前はアメリア=モルゲンブルーメ。ベッドが置かれただだっ広いこの部屋に、朝の時間帯だけ居てくれる付き人のような存在だ。ふわっとした金髪のボブ、瞳は黄緑色がお人形さんのようで可愛い。白いシャツの胸元で結ばれた真っ赤なリボンと真っ赤なロングスカートが彼女のトレードマークといっていいほどに目立っている。 「大丈夫です。ごめんなさい。ぼーっとしてしまって」  ぶんぶんと手を振りながら否定する。アメリアは安堵したように微笑んだ。 「眠たくなったらいつでも仰ってくださいね」 「ありがとう」  アメリアは私に対して授業をしてくれている。  この世界のこと。そして──“眠りの聖女”たる私の役割について理解を深めるために。
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