8人が本棚に入れています
本棚に追加
「あたし、今夜はね……」彼の妻の遺影に背中を向けながら、彼女は振り返った。「悪魔になるために、ここに来たのよ」
彼女は背中に視線を感じていた。あの人が今、写真の中から私を見ている。背後に、あの人の気配を感じる。わかっています。貴女は強い。私なんか太刀打ちできない。でもね、今夜だけは別。私は負けませんから。
「どうしたの。そんな、君らしくないことを」
彼がまじまじと彼女の顔をみつめる。
にぶい。馬鹿ね。いや違う。この人はそこまで馬鹿じゃない。彼女は思う。なんで、こんなめんどくさい人を、あたし……。あぁ、そうか。そうですね。心の中で苦笑する。貴女もきっと、何度もそんな気持ちになったはずですね。私もわかります。この人はこういう人だもの。
「逆よ。今の私は、とても自分らしいの。ほんとの私なの」
語尾が少し震えた。唇を噛む。あぁ……意気地がない、強がっても、肝心なときは。私はまた同じことをくりかえすのだろうか。彼女はうつむいた。
──目をそらさないで。彼の目をちゃんと見てあげて。
ふいに、そんな声が背後から聞こえたような気がした。彼女は顔を上げた。
最初のコメントを投稿しよう!