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(ああ、やってしまった)
ここは山深い森の中。
喧騒で埋め尽くされた日々から逃れ、あの世へ旅立つ覚悟を決めていた私は、目的地の手前で途方に暮れていた。
近道しようと入った森の中で、逆に道に迷ってしまったのだ。
「こんな所で、何してるの?」
誰もいないはずの場所で、幼い声が聞こえた。
(え……?)
恐る恐る顔を上げると、目の前に6、7歳くらいの少年が立っていた。
「お姉さん、もしかして迷子なの?」
「いや……」
(どちらかというと、迷子はキミの方では?)
辺りは暗くなり、空には星が輝きだしていた。
「ママはどうしたの? 早く帰らないと危ないよ」
「危なっかしいのは、お姉さんの方だよ」
「…………」
子供にすら言い返される自分が情けなくなる。
伏し目がちの私に向かって、少年は元気よく笑った。
「ボク、星を見に来たんだよ」
「……星を?」
「うん。とっておきの場所、お姉さんにも見せてあげる」
訳が分からないまま、2人で森の中を歩くこと15分。少年の言う、とっておきの場所へ到着した。
「ここは……」
私が目指していたはずの、崖の上だった。
「そろそろ、時間だ」
少年は不敵に笑うと、夜空を見上げた。
「わぁっ!」
いくつもの流星が、光のシャワーになって闇夜を照らしている。どこまでも幻想的な世界が広がっていた。
忘れていた。夜空がこんなに綺麗なことを。
この世界が、こんなに美しいことを。
思わず伸ばした手の平に、星くずが降ってきた。
「きれい……」
いつの間にか、手の中は降りつもった星くずでいっぱいになっていた。
「ねえ、知ってる? 降りつもる願いの数だけ、幸せがあるんだって」
私の手から1粒だけ星くずを摘まむと、少年は微笑んだ。
「お姉さんの願い事は?」
「私の願い事は……」
「この世界に、何を望むの?」
「私、もう少しだけ……生きていたい」
望みを口にした瞬間、堰を切ったように涙が溢れてきた。
「うん。それでいいんだよ」
「え?」
「もうここへ来てはいけないよ。さあ、お帰り」
少年の優しい声がだんだん遠ざかっていき、私は意識を手放した。
チュンチュンと、スズメが鳴いている。
(ん、朝なの?)
目が覚めた私は、自宅のベッドの中にいた。
1粒だけ、星くずを握りしめて。
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