1.面接

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1.面接

「なぜドラッグストアで働こうと思ったの?」 「えーと。化粧品とか見るのが好きで、私も働きたいと思いました」 ほぅほぅ。それにしても女性はこの志望理由が多い。質問のネタが尽きてきたので履歴書を見る。 「あ! 君、中学と高校一緒の名前だけどエスカレーター式の高校に進学したんだね?」 「は、はい! 受験勉強したくなかったので」    その女の子は照れ笑いを浮かべていた。何を恥ずかしがる必要があるんだ。向こう十年は、皆が受験勉強してる渦中に私は遊んでた自慢が出来るんだぞ。 「いいよね〜、エスカレーター式の高校」 等と言いながら他愛もない質問をしていたが、既に俺は結論を決めていた。 「店長、今の子採用でしょ?」  面接をした子が帰るやいなや、パートの稲垣さんが近付いて聞いてきた。今日もど迫力の厚化粧だ。 「う〜ん、どうですかねぇ。まぁ人は良さそうでしたけどね」 「また、嘘ばっかり。若くて可愛かったから、絶対気に入ってるでしょ」  御明察、御名答である。  現在、高校卒業したばかりの春休みで、来月から四年制大学の華の女子大生。顔は飛び抜けて美人というわけではないが、目がくりっとしていて小動物風で、背は高すぎず小さすぎず。体型は太すぎず細すぎず。髪はふんわりしていて長すぎず短すぎず。面接中の応対も少し緊張気味だったが、ぎこちないなりに頑張って笑顔を見せてくれて、愛嬌と誠実さが丁度いい具合にブレンドされていた女子を採用しない男性の店長がいたら、ぜひとも私が面接したいものである。  だが既にその子が採用確約していることをおおっぴろげにするほど俺は愚かではない。なぜなら女性パートほど若い女子に対して嫉妬深い生き物はいないからである。  だから一応、他の子と悩んでいるふりをする。もちろん結局は採用するので、それは逆効果かもしれないが。 「ま、今日のもう一人の子次第ですが、よっぽどいい子じゃなければ、さっきの子で決まりでしょうね」  危うく稲垣さんへの返事を忘れそうになっていた。稲垣さんは少しにやけて、また品出しの業務へと戻った。店長、嘘ついちゃって。正直じゃないわね。とでも思っていたような笑いだった。  これはパートさん同士で陰口とまではいかないが、店長も結局男だったわよ、的な話に繋がるのだろう。  まぁ、でも仕方ない。この歳まで独身で彼女もいない身分はバレてる。変な噂を流されるよりはマシだろう。 「店長、面接どうでした?」  社員の藤林君も具合を聞いてきた。今日もこれでもかというくらいのセンター分けだ。  まあ、彼は彼女もいるらしいし、勤務態度も異様に真面目なので社員目線で聞いてるだけだろう。 「まぁ、余程のことがない限り、あの子で決まりだな」 「笑顔が愛嬌あって接客向きだわ、程よく緊張してたから真面目な気もするし」  慌てて付け足した。見た目で決めたと思われたくはない。 「そうですか、良かったです。 これで夕方からのシフトも少し楽になりますね」  店長をしていると、よく孤独を感じることがあるが、こういう寄り添ってくれるタイプの社員がいると気持ちが楽になる。  ただ藤林君も二十代後半のはずだ。早く店長になりたいんだろう。店長になるといいことなんて一つもないと思うが、俺も店長じゃないときにはその肩書きが羨ましかった。  今も無駄口も叩かずもう業務に戻っている。実行する意味があるのかないのかよく分からない本部指示を一心不乱に片付けてくれている。  姿勢も能力も十分店長になれる資質だと思うが、こればっかりは空きがないとなれない。仕事の出来ない店長を降格させて、代わりに実力のある若手を昇格させるというような実力主義の会社はまだまだ少ないだろう。うちの会社もその一つだ。  俺はさっき面接をした女の子の履歴書を机に置いて眺めた。  真鍋仁良。  まなべにら、と読むのか。 面接中は気にも留めなかったが変わった名前だな。しかし、履歴書の写真は澄ましていて先程の愛くるしい表情とはまた違う。  吸い込まれそうだ。  ふと住所欄に目を移すと店舗の隣の市の名前が書いてあり、通勤時間の欄を見ると自転車で四十分と書いてあった。  少し遠いな。それなら近場にもっとドラッグストアで募集してるところありそうだけど、と疑問に思ったが子供字と大人字の間で揺れ動いているような頑張って丁寧に書いている字を見ているとどうでもよくなった。  俺はさり気なくあたりに誰もいないのを確認して、履歴書を採用者用の封筒に入れて本部に送るメール便の中に入れた。  事務所を出ると、倉庫のケース在庫を押している木村さんに出会った。今日もポロシャツの腕のところが悲鳴をあげている。はち切れそうな二の腕だ。 「その在庫出そうですか?」と声をかけたが、木村さんはにやけただけで、「さっきの子で決まりですか?」と俺の質問には答えず逆に質問を返してきた。  俺はさっきの稲垣さんのときと同じような返答をして立ち去った。去り際の木村さんは、稲垣さんが俺にした嫌なにやけ顔と同じような表情だった。デジャブというやつか。  全く、ドラッグストアのパートというのは、なぜこうも噂好きというか、人間観察好きというか。  いや、ドラッグストアに限らず、パートさんという生き物全体の特徴なのだろうか。  この店には現在九人のスタッフが働いており、俺と藤林君、そして新入社員の新谷さんの三人の正社員、夕勤アルバイトの那須川君、そしてそれ以外の五人は全てパートさんで構成されている。  先月、那須川君と同じ大学生の斉藤さんが謎の退職をしたので(俗に言うブッチ)、今回緊急の夕勤アルバイトの募集に至ったのである。  斉藤さんが出勤せず、連絡がつかなくなったとき、パートさん達は俺にわざと聴こえるように「女子大生は何を考えているか分からない」とひそひそ話をしていたが、おそらく彼女たちによる可愛い男子大学生と働くための策略の一環だろう。俺を遠隔操作するつもりなのだ。だが彼女たちは甘い。  俺は既に那須川君と男の誓いを立てている。 「店長、次のアルバイトは可愛い女子をお願いします。僕、もっと仕事頑張るんで」 「那須川君、そんなことは言わずもがなだ。男子二人のアルバイトだとバランスが悪い。やはり男子と女子一人ずつがベストだ」 「ふふ、でも店長も実際はそういうの抜きでも女子の方がいいでしょ」 その後、俺は言葉を継がなかったが表情で示した。口角を片方だけ上げるやつだ。奇しくも先程の稲垣さん達のにやけ顔に似ていた。  そう、俺が一人の人間、男としての一面を唯一見せれるのが那須川君なのだ。そういう意味では女子だらけのアルバイトでも駄目で、彼のような男子も必要なのだ。  要はバランス。 「店長ー。アルバイトの面接来られました。従業員用扉の前で待ってもらってますのでお願いします」  俺が真面目な考え事をしている顔をして倉庫の在庫を眺めていると、藤林君が呼びに来た。  もう来たのか。約束の三時より十二分も早いが仕方ない。 「了解」  ゆっくりと指定の場所に向かう。そこには全国の、この春からバイト始めます男子のちょうど平均値のような青年が立っていた。奇しくも髪型は藤林君と同じセンター分けだ。 「面接に来ました宇和島と申します」と平均的な声量でその子は話しかけてきた。  名前だけ凄い特徴があるな、と思いながら面接をする事務所に案内する。  先程と違って全くワクワクしない質疑応答を始めた。心では最初の挨拶の時点で、真鍋さんの履歴書の本部行きは確定したが、一応形式通り続けなければいけないのが店長の性だ。本音は始めてから五分ほどで終わらせたかったが、真鍋さんの面接は四十分くらいかけたので、一応その後三十分は心無い質問を続ける。 「最後に、何か質問はありますか?」 「いえ、特にありません」 爽やかに言うけど、名前を越える特徴のない子だなぁ。真鍋さんが来てなかったら、ボーダーラインだったかもしれないが今回は相手が悪かった。勝負は始まってみないとわからないというが、今回は部屋に入る前に勝負はついていた。 「では、また結果は一週間以内に合格の場合だけ連絡致します。すみませんが不合格の場合は連絡しかねるので期限までに連絡がなければご了承下さい」  最後に心無い声をかけて面接を終わらせる。この子のことを考えれば合格通知の期限を三日とかにしてあげればよかったかな。早く楽になれるから。  宇和島くんは「失礼しました」と平均の角度の礼をして帰っていった。  さぁ、次は誰が感想を聞きに来るのか。 「店長ー、男の子どうでした〜?」  また一番乗りは稲垣さんだ。毎回芸能レポーターのような早さでやってくるが、この人は本分の仕事をやっているのか? 「まぁまぁでしたね。普通の子って感じです」 「おっ、じゃあいいじゃないですか」 「んー。でもねぇ、土日入れないらしいんですよ」 「あ、そうなんですか。でも土日要ります?」 「いや、要りますよ。そもそも土日入ってくれてた斉藤さんの代わりの募集なんですから」 「あー、そうですね」  稲垣さんは肩を落として品出し作業に戻っていったように見えた。そもそも土日入れない子を採用するわけないだろ。  だが、さっきの宇和島くんが土日入れないと言ったのは嘘だ。全然入れるらしかった。 だがさっきの会話のまま欠点がない子という流れで進んでしまうと、じゃあ宇和島君でいいじゃないという方向になりかねないからだ。  そんな状態で可愛い女子を採用すると、斎藤さんのように何かあったときに俺の見る目が疑われる。店舗運営を円滑にするためには、嘘も必要な要素だというのが俺の持論だ。 「店長お疲れ様でーす」  振り向くと、パートの筧さんがリュックを背負って立っていた。そうか、さっきまでレジに入ってくれてた彼女も今日は三時で上がりだったのか。特に面接を何件もする日は時間の感覚がなくなってしまう。 「お疲れ様です」  そう答えると、彼女は颯爽と帰っていった。稲垣さん、木村さんとは違って面接のことも何も聞かずに。給料さえもらえれば他は何も干渉しないというタイプなのだろう。寂しく思うときもあるが、こういう質問疲れしている日は彼女のようなさっぱりとしたタイプは助かる。  それでいて、皆が嫌がるレジ業務を何時間連続で入れても不平一つ言わないし、愛想も良いのでお客様クレームもない。  もし今いるパートで誰か一人しか残せないとなれば、俺は迷わず筧さんを指名するだろう。
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