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そう言えば前にもこんなこと、美影とあったっけ。
スキー場で美影がスキーが下手くそで、なんでか板だけ外れて下に行っちゃってさ。
降りて来られない美影の為に私が自分の板を外して、下の方まで取りに行ってあげた。
その時、パパが一緒で、スキー靴ががくがくして歩いにくいのに坂で勢い付いちゃって止まれなくなって助けてくれた。
そんなことを思い出しながら降りていると、足が滑って視界が上を向いた。
夏の青空に浮かぶ雲は爽やかで、軽い。
けれど雪を降らせる冬の雲はただただ分厚く重い。
滑った。転んだ。坂で。そこそこ傾斜があるとこで!
「あっ、ああああああああっ!」
滑り落ちて行く間、私はこれまでの人生の走馬燈ってやつを見た気がした。
そして思い出したのは、こんな時にいつも助けに来てくれるパパの姿だった。
でももう、来てくれない。
まれびとって呼ばれていたパパたちの一番は私じゃなくて兄の天彦に代わったのだとさっきわかった。
でも、それでも私は叫ばずにはいられなかった。
「パパっ! パパっ!」
何かを掴みたくて伸ばした腕は何も掴めず、無意識に門の方を見上げた先には兄が立っていた。
腕を伸ばしかけて。
兄の名を叫べば、助けてくれたのかもしれない。
でも私には呼べなかった。
奈落の底に落ちて行く感覚の道連れには呼べなかったのだ。
兄は私の叫びを聞いて、顔を歪め腕を下ろした。
→私と玉彦の正武家奇譚『伍』に続く。
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