宮田玲子

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宮田玲子

 盗聴  雨は激しくなる一方だった。  ワイパーはまるで役に立たないが、二〇〇メートル先を逃げる赤いテールランプは暗闇のなかにくっきりと浮かび上がっている。  後ろからは応援のパトカーが七台ほど、サイレンを鳴らして追ってきている。  「ここまできて、逃がしやしねーぞ」  ハンドルを握る加納は、ひとりつぶやいた。  ハイウェイのように整備された高架道だというのに、明かりは一灯もない。この先は行き止まりであると加納は知っていた。  莫大な事業費が注ぎ込まれた二車線道路は、山あいを縫い走ったあげく放置された港湾建設予定地に突き当たって終わっている。バブル期に乱造された工業団地をさらに港湾へと直結させ、製品(メイド・イン・ジャパン)を世界市場へダイレクトに輸送する──いまとなっては夢物語のような開発計画はバブル崩壊とともに焦げ付いて、もはや見る影もない。  加納はバックミラーへ目をやる。数珠つなぎの赤色灯は、闇の中を這い寄る蛇のようだ。このまま確実に追い詰めればいい。犯人(ホシ)の車の赤いテールランプがフロントガラスの水流に歪む。奴に逃げ道はない。  年明け早々、仕事始めの四日に起こった現金輸送車襲撃事件。そのわずか六日後にも、まったく同じ手口で大金が強奪された。  狙われたのは国内最大手の丸銀。一週間のあいだに二度の襲撃を受け、信用失墜と株価急落にさらされた丸銀は「防犯体制 改革宣言!」とキャンペーンを打ち出した。これまで惰性で引き継がれてきた警備体系を一から見直し、輸送ルートや緊急時の対応手順を徹底的に再検討するとしたが、大手ゆえ全国の支店や出張所は五〇〇を超え、ATMは無数に存在する。見直しに順番が生じるのは当然であり、そして行員のなかにも『さすがに、これ以上狙われることは……』そういう弛みもあった。その間隙を突いて、三度目の襲撃がおこなわれた。
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