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三〇〇メートル先を逃げるテールランプは、フロントガラスの向こうで水流に滲んでいる。その赤い光点が突然、闇の中へ大きく跳ねあがる。加納が驚くよりはやく、真っ白な光が輝き、そしてオレンジ色の光球に変わる。
逃走車は炎をまとい、雨に濡れた路面に叩きつけられる。アスファルトを何十メートルも削りながら止まる。
車から飛び降りた加納だが、凄まじい熱量で近づけない。激しい炎のなかに、ひしゃげた車のボディが見える。鼻をつくガソリンの刺激臭。
炎の外側を、ただ右へ左へと回るばかりの加納。追いついたパトカーから警官が飛び出し「消化器!」と後続へ向かって怒鳴った。激しい雨のなかでも炎は弱まることなく、暗闇をオレンジに照らしている。
「尻尾切り、なのか……」
加納は炎に照らされながらつぶやいた。掴みかけた手がかりは目の前で失われた…………。
そこまで読み上げた田村は、ふーっと息をついて顔を上げた。
「どう、そんな感じで」
問いかけてきた声に田村は顔を向ける。窓際の椅子に背をあずけて、宮田玲子が満足そうな表情を浮かべていた。
東新宿の大通りから、一本裏へはいった五階建てのペンシルビル。築何年かもわからない老朽化した建物は壁のコンクリートがあちこち劣化して、室内にまで黒ずんだ雨だれの染みがいくつも流れている。
それでも部屋の中央に置かれているソファセットは田村の年収を超える。窓を背に据えてある黒檀の社長机はさらに高価なものかもしれない。
みすぼらしいビルの一室を、宮田玲子は個人事務所にしていた。
サスペンスから純文学、ホラーやラブロマンス、ドラマシナリオまでどんなジャンルでも書き上げる小説家。そんな彼女には、原稿を目の前で読み上げさせるという変わった習慣があった。
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