1 ひかりちゃん

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1 ひかりちゃん

「最初にひとつお願いがあるんだけど。絶対、私に話しかけないでね」  店に入ってきたひかりちゃんは開口一番、私にそう言った。 * 「ごめん、花菜(はな)! お母さん、いますぐフランスに行かなきゃ!」  フランスに住むお母さんのお母さん、つまり私のおばあちゃんが転んで足を怪我をしたのが先週のこと。  病院から電話を受けたお母さんは、スーツケースに服と本を詰め込むと、慌てて家を出ていった。 「あとは(じゅん)にまかせたからー」  ちょっとそれはないよ、お母さん。  巡おじさんが頼りないことは、お母さんが誰よりもよく知ってるよね?  お母さんと巡おじさんは浅草に近い静かな場所で、小さなカフェをやっている。  おいしいお茶と手作りケーキが食べられると、そこそこ人気だ。週末になると行列ができることもある。  二人でも忙しいのに、巡おじさん一人でやれると思う?  無理だよ。 「おばあちゃん、手伝いにいこうかしら」  一緒に住んでるお父さんのお母さん、景子(けいこ)おばあちゃんはそう言ったけれど、慌てて止めた。  景子おばあちゃんは腰が悪いのだ。立ちっぱなしの仕事なんて絶対にだめ。それにお習字の先生をやってるから、そんな暇はないはず。  ここは巡おじさんに頑張ってもらうしかない。  でも、お母さんがいなくなった翌日には、私に泣きついてきた。 「花菜~、お願いだから学校終わったら手伝いに来てよ。バイト代は出すからさ」  もちろん手伝いましたとも。 「バイト代には色を付けてね!」と要求もして。  だって二学期もはじまって勉強や部活もあるのに、バイトまでするんだから、それぐらい当たり前だよね。 「いいよいいよ、いくらでも色付ける!」  バイト代もらったら何買おう、いつお母さん帰ってくるのかな……なんて考えながらバイトして一週間。  高校の授業を終えて自転車でお店に着くと、なぜかドアには(close)の札が下がっている。 「え、なんで?」  定休日は水曜日。今日は木曜日だ。オープンは十一時から夜の七時まで。今は二時を過ぎた頃。  休憩中とか?  ドアにはしっかり鍵がかかっている。  私は店の鍵をバッグから取り出して中に入った。  店内は真っ暗。巡おじさんはいない。  店の明かりをつけると、カウンターに紙が一枚置いてあるのに気づいた。
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