別れのおめでとうを

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 私はこれから最悪のおめでとうを言おうと思っている。こんなに好きな人なのに全く祝福する気なんてない。この結婚式場でそんな風に思っているのは、恐らく私だけではないだろうか。  みんなが新郎新婦の事を祝福しているが、私はそんな風に思えない。彼になんども想いを告げて、一時期は付き合ったことも有るのになんて仕打ちなんだろう。こんな私を結婚式に呼ぶなんて。  新郎である彼のことも許せないが、そんなことを知っているのか分からないが朗らかに笑っている新婦の彼女にだって腹は立つ。でも、それはもう良い。彼に比べたら憎しみは可愛いもんだ。  様々な出し物を経て歓談の時間になると彼らの周りに人々が集まっている。祝福の言葉を言っているのだろう。私もその一員になろう。しかし、心ではそんな事を思ってない。  順番を待つように彼の様子を見ていた。と言うよりは睨んでいたのかもしれない。近くにいた人が私のほうを見ていたので一度視線を離して心を落ち着ける。  深呼吸をして華やかな会場に似合わない私は周りの騒がしさがとてもうるさく思えて落ち着かない。これから私の行う事を考える寒気がするような気もしていた。ただ祝福するだけではない。それは確実だった。  高砂が若干空いたので私も祝福を言うために彼等の方へと向かった。私に気が付いた彼が一瞬ハッとした顔になったが直ぐに微笑みを取り戻す。その姿を見ると私はお腹に沸騰している鍋が有るような気分になってまた睨みそうになったけれど、もう一度深呼吸をした。  こちらも笑顔で彼の方へと向かう。なんだか地面がふわふわしている気がして私は自分が真っすぐ歩けているのか不安になるくらいだったけれど、別にお酒は飲んでない。こんな時にそんなものを飲めるはずもない。  周りにいる人だって人形が居るかのように現実味がなくて、私のものかわからない足音があとから付いてくる気がしていた。  ずっと彼だけの事を見ていた。  今、歩いている時ももそうだけどこれまでもずっと。彼の事が好きでしょうがなかった。だから他の人を好きになる事なんてなくて、ずっと彼の事を好いていたんだ。  周りからはさんざん馬鹿だと言われた。確かに馬鹿だったんだろう。一度付き合えたけれど直ぐに別れて、それでもずっと好きだから結婚を夢に見ていたのにそれでも彼が選んだのは全然私ではなかった。  悲しくなったのはその時だ。だから私は決心した。殺してしまおうと。  結婚式に呼ばれたのは幸運でもあった。こんな華やかな人生のイベントを台無しにできるのだから復讐としては十分だ。普通に後腐れもない友達と私と彼の関係になっていたのだから呼んだのだろう。呆れてしまう。  私がどれだけ自分の思いと違うことに耐えながら彼と仲良くしていただなんて知らないんだ。別れてからもなんども彼に求婚したかった。真剣に。しかし、それは冗談でしか言わなかった。イタイ女だと思われて離れてしまうのが怖かったから。  それでも彼は私から離れていたんだ。私は彼に近づこうとしていたのに、彼はそんな私に気が付くこともなく自分の恋を進めていたなんて、ホント私は馬鹿だったんだな。  これからの事も人からは馬鹿と言われるのだろう。しかし、殺しておかなければおかしくなりそうだ。これはもう必須なんだろう。誰に馬鹿にされようともう実行するしか無い。  段々と彼の笑顔が近づいていて、そして私が近付く程に彼の顔から笑顔が消えていた。呼んだのにいざ会うとなるとそれなりに気分は良くないのだろう。でも、隣の綺麗な新婦さんの前でどうにか笑顔を保っている様子だった。  そして私は彼らの前まで到着した。 「これはおめでとうございますね」  ただ一言だけを放って私は頭を下げていた。向かい側では見なくてもホッとしたような声で彼が新婦さんに私の事を紹介している声が聞こえていた。仲の良い女友達だと言うことを言っているが、それだけならこんな事はしないだろう。  ずっと下を向いている私の視線には今まで忍ばせていたカッターナイフが手に有る。これで殺そうと思ってこの会場に着く前に買っていたんだ。もう命も僅かな時間となっている。  さあ、笑っているが良いさ。貴方たちの一生に一度の結婚式を忘れられないものにしてみせよう。今ではもうそんな事を考えると楽しみにもなってしまう。ふっと顔がにやけてしまいそうだ。  やっと顔を上げた私はカッターナイフを持ち上げる。彼は私の普通ではない様子に恐怖の表情を見せていたが、新婦さんの方はのんきなのか意味が分かってない様子で怪訝な顔をしていた。  恐怖に震えたら良い。分からないならずっと疑問に思っていろ。これからの惨劇は忘れられない事になるのだから。  私はカッターナイフを彼の顔の方に向け、次に新婦さんへと転進する。そして私の首元に刃を当てた。  そう、殺そうとしていたのは馬鹿な私。こんなに好きな人の幸せなんて壊せない。ただ彼の人生の思い出の中に忘れられないくらいに大きな存在として有りたかった。  そして、もう彼の居なくなった世界で私は生きる自信がなかったから丁度良かったんだ。死への恐怖は私にはない。彼が居るのに彼が居なくなってしまう事の方が怖い。  心の準備なんてとうに出来ていたからカッターナイフを引いて首を斬ろうとした。  しかし、私の思いとは違って手は動かない。それどころか段々と首元から手が離されてしまっている。  眼を開いて涙で滲む世界で見たのは、私の大好きな彼が私の手を捕まえていた。  ちょっと違う。  彼は私の向かい側で丸まって恐がっていた。そして私の事を救けた彼はちょっと幼さが残っているみたいだった。その彼と似た面影にさっきまでの惨めな涙ではなくて、優しさによってまた涙が流れ始めた。  私の事も守ってくれた彼は高砂の二人に二、三言話してから強く私の事を連れて、若干さっきまでと違った騒がしさの会場から、外へ連れ出されていた。  暖かい風が吹いている事をいまさら知って、そして守ってくれた彼が昔は子供だった愛しの彼の弟だった事に気が付いた。さっきまでの私は全て遠い世界に居たのだろう。ずっと隣に座っていた弟くんがこんなに彼の様になっていた事にも気づかないなんて。  なぜ弟くんは私の事を救けたのか。それは幼い恋心にあったらしい。弟くんからその事を聞かされて私と同じ様な想いをしていた人がいるなんて知らなかった。  数えられるくらいに簡単に過ぎた季節の同じ場所で祝福を言われるなんて死のうとしていた時は思いもしなかった事になる。 おわり
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