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二
気がつくと、冷たい氷の床に横たわっていた。
上半身を起こし、周りを見回すと、どうやら、氷の洞穴にいるようだった。
どこからか光が入ってきているのか、ほんのりと薄明るい。
雪崩に巻き込まれているうちに、なにかの拍子に、地の割れ目にでも落ち込んだのだろうか。
きょろきょろとしていると、奥から、誰かが出て来た。
垂髪の、若い女性だった。
絹の白地に、羽を大きく広げた白鷺が銀糸で刺繍された着物を、裾を流して着ている。
その装束の様子から、かなり高貴な人間に見えた。
ただ、顔色はひどく青白く、袖や裾から見えている手足は、痩せてガリガリだった。
「おや、目が覚めたかえ」
ずいぶん年寄りのような口調だな、というのが、第一印象だった。
見かけの若さと、釣り合っていない。
「ここは、どこですか」
ゆふの質問に、ただ、鈴が転がるような笑い声をあげるだけだ。
「あなたは、誰ですか」
「青陽、と呼ぶがよい」
「青陽……さま」
一応、自分の判断で敬称をつけると、相手は満足そうに目を細めた。
「あの、雪崩はどうなったのですか」
「とうにおさまっておるわ」
「そうですか……」
あの状況で、自分が無事だったとは、運がよかった。
しかもどうやら怪我ひとつなく済んだようで、どこにも痛みはない。
「助けていただいて、ありがとうございました。あの、どうしても急がなくてはならないので、家に帰ります」
そう言うと、青陽は薄く笑った。
「帰ることはできぬよ」
そう言われても、納得できるはずもない。
「どういうことですか」
「冬のあいだは、ここから外に出ることはできぬ」
「でも…」
なんとかならないか、と言おうとした、そのときだった。
青陽が、がくり、といきなり膝をついた。
地面に手をつき、苦しそうな呼吸を繰り返す。
「あの……大丈夫ですか」
思わず、ゆふは駆け寄ろうとした。
だがその身体に触れるより早く、青陽の身体は突然透明になり、それから液化すると、あっという間に床に水となって流れてしまった。
床の氷の冷たさのせいか、その水もあっという間に凍ってしまう。
あとには、着付けた形のままで、床に伸びる白絹の着物が残るだけだった。
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