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 気がつくと、冷たい氷の床に横たわっていた。  上半身を起こし、周りを見回すと、どうやら、氷の洞穴にいるようだった。  どこからか光が入ってきているのか、ほんのりと薄明るい。  雪崩に巻き込まれているうちに、なにかの拍子に、地の割れ目にでも落ち込んだのだろうか。  きょろきょろとしていると、奥から、誰かが出て来た。  垂髪の、若い女性だった。  絹の白地に、羽を大きく広げた白鷺が銀糸で刺繍された着物を、裾を流して着ている。  その装束の様子から、かなり高貴な人間に見えた。  ただ、顔色はひどく青白く、袖や裾から見えている手足は、痩せてガリガリだった。 「おや、目が覚めたかえ」  ずいぶん年寄りのような口調だな、というのが、第一印象だった。  見かけの若さと、釣り合っていない。 「ここは、どこですか」  ゆふの質問に、ただ、鈴が転がるような笑い声をあげるだけだ。 「あなたは、誰ですか」 「青陽(せいよう)、と呼ぶがよい」 「青陽……さま」  一応、自分の判断で敬称をつけると、相手は満足そうに目を細めた。 「あの、雪崩はどうなったのですか」 「とうにおさまっておるわ」 「そうですか……」  あの状況で、自分が無事だったとは、運がよかった。  しかもどうやら怪我ひとつなく済んだようで、どこにも痛みはない。 「助けていただいて、ありがとうございました。あの、どうしても急がなくてはならないので、家に帰ります」  そう言うと、青陽は薄く笑った。 「帰ることはできぬよ」  そう言われても、納得できるはずもない。 「どういうことですか」 「冬のあいだは、ここから外に出ることはできぬ」 「でも…」  なんとかならないか、と言おうとした、そのときだった。  青陽が、がくり、といきなり膝をついた。  地面に手をつき、苦しそうな呼吸を繰り返す。 「あの……大丈夫ですか」  思わず、ゆふは駆け寄ろうとした。  だがその身体に触れるより早く、青陽の身体は突然透明になり、それから液化すると、あっという間に床に水となって流れてしまった。  床の氷の冷たさのせいか、その水もあっという間に凍ってしまう。  あとには、着付けた形のままで、床に伸びる白絹の着物が残るだけだった。
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