1/1
前へ
/5ページ
次へ

 気がつくと、冷たい氷の床に横たわっていた。  上半身を起こし、周りを見回すと、どうやら、氷の洞穴にいるようだった。  どこからか光が入ってきているのか、ほんのりと薄明るい。  雪崩に巻き込まれているうちに、なにかの拍子に、地の割れ目にでも落ち込んだのだろうか。  きょろきょろとしていると、奥から、誰かが出て来た。  垂髪の、若い女性だった。  絹の白地に、羽を大きく広げた白鷺が銀糸で刺繍された着物を、裾を流して着ている。  その装束の様子から、かなり高貴な人間に見えた。  ただ、顔色はひどく青白く、袖や裾から見えている手足は、痩せてガリガリだった。 「おや、目が覚めたかえ」  ずいぶん年寄りのような口調だな、というのが、第一印象だった。  見かけの若さと、釣り合っていない。 「ここは、どこですか」  ゆふの質問に、ただ、鈴が転がるような笑い声をあげるだけだ。 「あなたは、誰ですか」 「青陽(せいよう)、と呼ぶがよい」 「青陽……さま」  一応、自分の判断で敬称をつけると、相手は満足そうに目を細めた。 「あの、雪崩はどうなったのですか」 「とうにおさまっておるわ」 「そうですか……」  あの状況で、自分が無事だったとは、運がよかった。  しかもどうやら怪我ひとつなく済んだようで、どこにも痛みはない。 「助けていただいて、ありがとうございました。あの、どうしても急がなくてはならないので、家に帰ります」  そう言うと、青陽は薄く笑った。 「帰ることはできぬよ」  そう言われても、納得できるはずもない。 「どういうことですか」 「冬のあいだは、ここから外に出ることはできぬ」 「でも…」  なんとかならないか、と言おうとした、そのときだった。  青陽が、がくり、といきなり膝をついた。  地面に手をつき、苦しそうな呼吸を繰り返す。 「あの……大丈夫ですか」  思わず、ゆふは駆け寄ろうとした。  だがその身体に触れるより早く、青陽の身体は突然透明になり、それから液化すると、あっという間に床に水となって流れてしまった。  床の氷の冷たさのせいか、その水もあっという間に凍ってしまう。  あとには、着付けた形のままで、床に伸びる白絹の着物が残るだけだった。
/5ページ

最初のコメントを投稿しよう!

5人が本棚に入れています
本棚に追加