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 目の前で起きたことだというのにまったく事態が飲み込めなくて、ゆふはただ唖然と、床に伸びた着物をしばらくのあいだ眺めていた。  しかし一向に状況が変わらないので、ようやく、なにかをしようという意志を取り戻した。  とにかく、ここから抜け出すことのできる方法を見つけなくては。  雪崩に巻き込まれてから、どれほどの時間が経ったのかはわからない。  しかし急いで戻らないと、人買いたちが帰ってしまう。  家族は金を手にすることができず、食べるものの最後の砦である、種籾(たねもみ)に手を出すしかなくなるだろう。  種籾は本来、来年の稲作りに使う為に特別に取ってある米だ。  だからそれを食べてしまえば、春になっても、撒く種がないことになる。  種貸というものを利用して種籾を借りることもできるが、次の年が必ず豊作になるとは限らず、そうなると利子を付けて返すことは、かなりの負担となる。  つまり、目先をなんとか生き抜いたところで、あくまで急場しのぎに過ぎず、先にはやはり苦しい生活が待つことになる、ということだ。  そうなるまえに、とにかく、早く戻らなくては。  そう思い、ゆふは、洞穴内が薄明るいのを幸い、出口になりそうな場所を探してみることにした。  さっきまでいた、大広間のようになっていた場所を出ると、細長い洞窟が続いている。  その内部の壁や地面は、すべて氷に覆われていた。  ほぼ中心に通路のような平らな部分があり、その両側には氷筍やつららがそびえ、そのさらに外側には小さな部屋のような窪みが、左右に不規則に並んでいた。  通路を奥へと進みながら、窪みを見つけるたびにいちいち覗き込んでみる。  なにもない場所もあったが、いくつかには、不思議な物が置いてあった。  大量の木の実が積まれた窪みもあれば、溜まった水に氷が張っていて、その下に魚卵が固まっているのが見える窪みもある。  他にも、野の草花の種が何種類も、雑多に積まれている場所もあった。  どうやって、なんの目的で、そうなっているのかはまったく見当もつかなかった。  だが、そのうちのどれかが外に繋がっているかもしれないので、ゆふはひとつひとつを、丁寧に見て回った。  そうしているうちに、おかしなことに気づいた。  よく考えれば、さっきから、寒さを感じない。  そしてここに来るまで、ずっと長い間身体に馴染んでいた、飢えの感覚がなくなっていた。  奇妙に思いながらも、順々に窪みを見て回っているうちに、とうとう、どん詰まりに着いてしまった。  そこは他の場所にもまして、氷筍とつららが密集している。  まるで、その向こうに行くのを、阻んでいるようだった。  ただ、それらを通した向こうに、なにか黒っぽいものが見える。  さらなる窪みか、もしかすれば、外への出口かもしれない。  そう思い、ゆふは(とばり)のようになっているつららを何本か苦労して折り、氷筍の間に身体を捻じ込んで、なんとか奥へと入っていった。  そこには、小さな池があった。  凍っていない、澄んだ水を湛えている。  覗き込み、目にしたものに驚いて、思わず尻餅をつく。 「ひっ……!」  そこには、肉が削げ落ち、ほとんど骨だけになっている死体が、水底に見える土に半分埋まっているような状態で横たわっていた。
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