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三
目の前で起きたことだというのにまったく事態が飲み込めなくて、ゆふはただ唖然と、床に伸びた着物をしばらくのあいだ眺めていた。
しかし一向に状況が変わらないので、ようやく、なにかをしようという意志を取り戻した。
とにかく、ここから抜け出すことのできる方法を見つけなくては。
雪崩に巻き込まれてから、どれほどの時間が経ったのかはわからない。
しかし急いで戻らないと、人買いたちが帰ってしまう。
家族は金を手にすることができず、食べるものの最後の砦である、種籾に手を出すしかなくなるだろう。
種籾は本来、来年の稲作りに使う為に特別に取ってある米だ。
だからそれを食べてしまえば、春になっても、撒く種がないことになる。
種貸というものを利用して種籾を借りることもできるが、次の年が必ず豊作になるとは限らず、そうなると利子を付けて返すことは、かなりの負担となる。
つまり、目先をなんとか生き抜いたところで、あくまで急場しのぎに過ぎず、先にはやはり苦しい生活が待つことになる、ということだ。
そうなるまえに、とにかく、早く戻らなくては。
そう思い、ゆふは、洞穴内が薄明るいのを幸い、出口になりそうな場所を探してみることにした。
さっきまでいた、大広間のようになっていた場所を出ると、細長い洞窟が続いている。
その内部の壁や地面は、すべて氷に覆われていた。
ほぼ中心に通路のような平らな部分があり、その両側には氷筍やつららがそびえ、そのさらに外側には小さな部屋のような窪みが、左右に不規則に並んでいた。
通路を奥へと進みながら、窪みを見つけるたびにいちいち覗き込んでみる。
なにもない場所もあったが、いくつかには、不思議な物が置いてあった。
大量の木の実が積まれた窪みもあれば、溜まった水に氷が張っていて、その下に魚卵が固まっているのが見える窪みもある。
他にも、野の草花の種が何種類も、雑多に積まれている場所もあった。
どうやって、なんの目的で、そうなっているのかはまったく見当もつかなかった。
だが、そのうちのどれかが外に繋がっているかもしれないので、ゆふはひとつひとつを、丁寧に見て回った。
そうしているうちに、おかしなことに気づいた。
よく考えれば、さっきから、寒さを感じない。
そしてここに来るまで、ずっと長い間身体に馴染んでいた、飢えの感覚がなくなっていた。
奇妙に思いながらも、順々に窪みを見て回っているうちに、とうとう、どん詰まりに着いてしまった。
そこは他の場所にもまして、氷筍とつららが密集している。
まるで、その向こうに行くのを、阻んでいるようだった。
ただ、それらを通した向こうに、なにか黒っぽいものが見える。
さらなる窪みか、もしかすれば、外への出口かもしれない。
そう思い、ゆふは帳のようになっているつららを何本か苦労して折り、氷筍の間に身体を捻じ込んで、なんとか奥へと入っていった。
そこには、小さな池があった。
凍っていない、澄んだ水を湛えている。
覗き込み、目にしたものに驚いて、思わず尻餅をつく。
「ひっ……!」
そこには、肉が削げ落ち、ほとんど骨だけになっている死体が、水底に見える土に半分埋まっているような状態で横たわっていた。
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